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Category縄文時代と日本人 2/4

旧石器時代から船はあったのか

旧石器時代から船はあったのか(縄文時代と日本人)前回のWikipediaの記事に、伊豆諸島の神津島の黒曜石が旧石器時代の2万年前から利用されていることが紹介されていました。この黒曜石の利用には船運搬が必須です。関連し、今回は、旧石器時代の船について愚考します。まず、「第 35 回 -古代の船と航海 その1-」によれば次の通りです。すでに、縄文時代の丸木舟は百数十艘が出土しているが、その代表的発見例として長崎県大村湾...

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黒曜石の加工に日本の技術立国の芽が見える

黒曜石の加工に日本の技術立国の芽が見える(縄文時代と日本人)日本の旧石器時代の様子について検討してきました。関連し、今回は、黒曜石は旧石器時代のキーワードと思われること、日本の技術立国の萌芽がそこに見えることについて愚考します。旧石器時代、日本に辿り着いた人々は、まず、最も簡単に採集できる食料である貝のある海岸に住み着き、その後、内陸部へ移住していったことを検討してきました。そして、内陸部では、栗...

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黒曜石は縄文時代の基礎を作った

黒曜石は縄文時代の基礎を作った(縄文時代と日本人)前回、長野県には5万年前の旧石器時代の遺跡が多くあり、黒曜石がその生活を支えたことを紹介しました。関連し、今回は、黒曜石はたいへん有用で、縄文時代への扉を開いたことを愚考します。まず、関連する「諏訪の考古学―その1」の記事を引用しますと次のとおりです。1 黒耀石の宝庫諏訪 信州に、そして諏訪に、人類の足跡がはっきりしてくるのは今からおよそ3〜2万年前の...

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長野県の黒曜石は関東の旧石器時代を豊かにした

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長野県の黒曜石は関東の旧石器時代を豊かにした(縄文時代と日本人)前前回、縄文以前の旧石器時代、南方から来た人々は海岸部に住み、その後内陸部に広がっていった傾向を指摘しました。一方、長野県は内陸部でありながら、旧石器時代遺跡も多く、その結果、縄文時代遺跡も多いことを指摘しました。関連し、今回は、旧石器時代~縄文時代の日本の中心地は関東地域では長野県だったことについて愚考します。まず、Wikipediaの記事...

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関東に着いた旧石器時代人はしばらく海岸部に留まったようだ

関東に着いた旧石器時代人はしばらく海岸部に留まったようだ(縄文時代と日本人)前回、旧石器時代(縄文以前)の人は関東に多く居たことを紹介しました。今回は、その旧石器時代人が、どのように関東に住み、どのように広がっていったのか愚考します。まず、文科省の参考資料: 平成24年度 周知の埋蔵文化財包蔵地数のデータを使い、縄文時代と縄文以前の遺跡数を整理しますと、下表のとおりです。また、その表を基に関係図を上ト...

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