日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人は、アイヌ系35%、マレー系30%、半島由来ツングース系25%、その他10%の混合混血民族です。DNA分類の結果、ヤマトにはツングース系王家が創られ、その後、アイヌ系の現天皇家に滅ぼされたと推察されます。万世一系を主題にした日本書紀は創作になります。関連し、今回は邪馬台国の真相に迫っています。
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2023 04
カテゴリー [ 日本人のルーツ ]
縄文人と弥生人は棲み分けていた愚考 [2022/06/30]
弥生人と稲作民族は異なる愚考 [2022/06/16]
鳥取県青谷上寺地出土の弥生人は混愚考 [2022/06/09]
ユダヤ人は日本に来たのか [2021/06/04]
縄文人DNAはなぜ減少したのか愚考 [2021/05/28]
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縄文人と弥生人は棲み分けていた愚考
縄文人と弥生人は棲み分けていた愚考
(日本人のルーツ)
最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)は民族の祖先を明らかにしつつあります。この結果、5%単位で見ると、日本人は、アイヌ系が35%、マレー系が30%、朝鮮半島由来のツングース系が25%、その他10%であること、さらには、天皇家はアイヌ系であることが分かりました。
以前には、縄文時代に栄えたアイヌ系等の人々は弥生系の人々よって日本列島周辺に追いやられたという説や、天皇家は朝鮮半島由来という説がありましたが、これらは否定されました。
今回は、「縄文人と弥生人は棲み分けていた」について、DNA研究情報を基に検討します。
情報として、「
知識探偵クエビコ」の「Y染色体で探る日本人の起源 3.日本人の構成
」を使わせていただきます。本記事は新しく、かつ包括的でたいへん有用です。
まず、日本人の分類ですが、縄文系、弥生系、その他の3グループとし、縄文系はアイヌ系、マレー系A、パプア系、弥生系はツングース系、マレー系Bとしました。
この分類について詳しくは「
最近のY染色体DNA情報と従来知見の修正
」を参照願います。なお、ツングース系については5%ほど縄文時代に来ていたと拙ブログではしてきましたが、今回は、便宜上、ツングース系をすべて弥生系として扱いました。
下表に分類結果を示しました。
また、アイヌ系、マレー系A 、パプア系を合計した縄文系とその主要民族のアイヌ系の地域別分布を上トップ図に示しました。
上トップ図を見ますと、縄文系は沖縄と東北で最も大きく69%、次いで関東で多く66%となっています。最低は四国の52%となっていて、平均は61%です。
この結果は、どの地域にも縄文系の人が半分以上居ることを示します。すなわち、弥生人が来て、縄文人は北海道や沖縄の辺境に追い払われたという過去情報は、完璧に間違っていたことになります。
また、縄文系の中で最も多いアイヌ系ですが、地域別では沖縄、北海道に多く42~45%、その他の地域は30~37%で、関東・東北に多い傾向があります。また、どの地域にもアイヌ系は30%以上居るという結果です。
こうしたアイヌ系の割合が関東・東北に多いことは、これらの地域の人々(男性)は髭が濃いことからも推察されます。詳しくは「
中国人と日本人の容貌の見分け方
」を参照願います。
このことも、アイヌ系は日本列島の周辺に追いやられたというよりも、朝鮮半島や中国南部から弥生系が渡来し、その結果、人口割合が減ったとみた方が妥当と思われます。
具体的には、弥生系渡来民が来たとき、弥生系の人々は水田稲作のため平地を選んで居住しましたが、縄文系のアイヌ系は従来と同じく中山間に住み、また、縄文系のマレー系Aも従来と同じく海岸に住み海洋交易に関与していたのではないかと思われます。
まとめますと、最近のDNA研究結果を解析しますと、縄文系の人々は、弥生系の人々が来て辺境に追いやられたことはないと判断されます。
なお、マレー系A(縄文系)の人々が海岸に居住したことについては、次回さらに検討します。
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[ 2022/06/30 14:03 ]
日本人のルーツ
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弥生人と稲作民族は異なる愚考
弥生人と稲作民族は異なる愚考
(日本人のルーツ)
テレビや新聞雑誌情報等を見ると、朝鮮半島から高身長の弥生人が来て、水田稲作を広げ、弥生時代を作ったという記事をよく見かけます。一方、南方系の稲作民族が来て水田稲作を開始したという記事もあります。
これらから推察しますと、弥生人には朝鮮半島系と南方系の2種類居たことになり、情報が統一されていない感じがします。
関連し、今回は「弥生人と稲作民族は異なること」について愚考します。
まず、朝鮮半島由来で長身の弥生人ですが、彼らは稲作民族ではありません。彼らは、満州(中国東北部)で、モンゴル系と中国系が混合混血してできた新民族です。彼らは、言語はモンゴル系、生業は中国系(畑作)で、ツングース系民族と呼ばれております。詳しくは「
北方系民族故郷の満州とツングース
」を参照願います。
彼らが弥生人となったのは、水路や水田造成に必要な鉄器を持っていたこと、そして、その鉄器で水田稲作を全国に広げたことと思われます。
当時の水田稲作は、乾いた畑状水田に播種し、芽が出たところで水を入れる乾田直播様式だったため、畑作農民のツングース系民族にも取り入れることは容易であったと思われます。詳しくは「
弥生時代稲作に田植えは無かった
」、および「
江南地方の稲作技術はセットで持ち込まれたのか
」を参照願います。
なお、水田作がなぜ重要だったのかですが、畑作より多収であることです。肥料が無かった古代においては、水田稲作は、森から流れてくる栄養豊富な水から肥料を吸収できるため、肥料欠乏問題は発生せず連作可能です。一方、畑作では、肥料欠乏が起きるため連作は不可能です。焼き畑では15年に1回作るのが普通と言われます。
すなわち、水を引いて水田を造ると、それは永遠に使えます。詳しくは「
水田稲作で人口が何故増えるのか
」を参照願います。
一方、日本に来た稲作民族は南方系のマレー系であることは確実です。DNA研究(Y染色体ハプログループ分類)の結果、彼らは、マレー系Aとマレー系Bの2系統居たことが分かっています。
弥生時代に来た稲作民族と呼ばれるのはマレー系Bです。彼らは、中国南部で越族と呼ばれた稲作民族で、北上し、朝鮮半島南西部(百済地域)と北九州に住み着き水田稲作を始めました。
彼らは、後の邪馬台国や北九州倭国のベースになったと思われます。例えば、魏志倭人伝に邪馬台国の住民(倭人)は刺青(入れ墨)をしていたとありますが、それは、まさに彼らがマレー系の民族であったためと思われます。詳しくは「
倭人の素顔が見つかった
」を参照願います。
一方、マレー系Aは縄文時代から居たグループで、岡山で5000年前に陸稲栽培をしていたことが分かっています。また、彼らが海洋系であることから、5000年前の三内丸山遺跡で有名な海洋交易もマレー系Aが主役だったと思われます。詳しくは「
古代海人族のルーツは海洋系マレーと思われる
」を参照願います。
そして、マレー系AとBの割合ですが、縄文系のマレー系Aは20%、弥生系のマレー系Bは10%と判断されます。詳しくは「
海洋系と稲作系のマレー系が別々に渡来してきた
」を参照願います。
一方、ツングース系は25%です。これらのうち縄文時代の人骨調査で長身の縄文人が見つかっており、これらの人びとは縄文時代に来たツングース系と思われます。詳しくは「
縄文時代から高身長の人は居た
」を参照願います。
人骨調査から縄文時代のツングース系(長身人物)は少ないことが分かっておりますので、多く見ても全体25%のうちの5%ぐらいと見るのが妥当と思われます。すなわち、ツングース系は、縄文時代に来たグループが5%、弥生時代にきたグループが20%ぐらいと思われます。
以上、まとめますと、弥生人には朝鮮半島由来と南方系由来の2種居ますが、一般に弥生人と言われているのは朝鮮半島由来のツングース系民族です。一方、稲作民族と言われているのは、中国南部由来のマレー系の民族(マレー系B)です。そして、マレー系民族が水田稲作を導入し、それを普及したのが鉄器を持っていたツングース系民族と結論されます。
関連し、2種類の弥生人について、上トップ図にまとめました。
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[ 2022/06/16 12:42 ]
日本人のルーツ
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鳥取県青谷上寺地出土の弥生人は混愚考
鳥取県青谷上寺地出土の弥生人は混血愚考
(日本人のルーツ)
昨年、「鳥取県青谷上寺地(鳥取市)で出土した1800年前の弥生時代の頭蓋骨を基に、その時代(弥生人)の容貌が復元されました(上図参照)。
関連し、今回は、その情報の妥当性について愚考します。
まず、その情報は「
これが「弥生人」の顔…彫り深く低い鼻・髪は太く黒々、DNA分析で復元
」に分かりやすく紹介されています。
その記事によれば、頭蓋骨とDNA解析の結果、父親は縄文系(アイヌ系)、母親は弥生系(朝鮮半島由来ツングース系)となっています。
その記事を参考に復元された顔立ちを見ますと、上トップ図のとおりです。彫りは深く容貌はアイヌ系、しかし、鼻は高からず、眼は一重で髭は薄くツングース系の感じがあり、まさにアイヌ系とツングース系の混血と観られます。その意味で、その情報はそのとおりと思われます。
弥生時代以降、特段の大きな人類移動が見られないことから推察しますと、日本人のDNAは弥生時代にほぼ出来上がったと思われます。
すなわち、弥生時代の日本人は、現在とほぼ同じく、アイヌ系が35%、インドネシア由来のマレー系が30%、朝鮮半島由来ツングース系が25%、その他10%と推定されます。詳しくは「
最近のY染色体DNA情報と従来知見の修正
」を参照願います。
そして、弥生時代は、アイヌ系、マレー系、ツングース系民族が混合し混血した時代と思われます。すなわち、上記の弥生後期に出土した人骨はアイヌ系とツングース系の混血ですので、混血の結果、新しい顔が生まれたことになります。
弥生時代は、弥生人(ツングース系)が縄文人(アイヌ系)を追い払う、あるいは支配したという時代と言われてきました。しかし、実際は、拙ブログ紹介してきましたように、縄文人は中山間に住み、従来の生活を続け、次第に農耕を受け入れていった。一方、弥生人(渡来人)は、水田稲作適地の平野部に広がっていったと観ることができます。
そして、このような混血人も居たことは、髭面のアイヌ系の男性が、朝鮮半島由来の色白で長身の女に憧れ、結婚した例のように見えます。
拙ブログでは、美人と言われる色白女のルーツは朝鮮半島のツングース系民族、その色白女への憧れは日本海美女になったことや浮世絵美人のモデルになったと検討してきましたが、この頭蓋骨情報は鳥取県(日本海)の例ですが、日本人男性の昔からの憧れが実現した1例と思われます。
なお、日本海美人については「
色白高身長、秋田美人のルーツ愚考
」、浮世絵美人については「
信長の妹「お市」はツングース系浮世絵美女愚考
」を参照願います。
簡単ですが、今回はこれで失礼します。
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[ 2022/06/09 08:10 ]
日本人のルーツ
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ユダヤ人は日本に来たのか
ユダヤ人は日本に来たのか
(日本人のルーツ)
千葉県芝山古墳群出土埴輪をユダヤ人として紹介している書籍「ユダヤ人埴輪の謎を解く(2019 田中英道)」が最近評判のようです。ブログ仲間からの紹介記事もありました。
しかし、見ると、そのユダヤ人埴輪は、拙ブログがケット人として紹介したことのある「人物埴輪」でした。詳しくは「
ケット人は日本にも来た
」 を参照願います。
再度紹介しますと、その埴輪は上図のとおりです。
関連し、今回は、「ユダヤ人は日本に来たのか」について愚行します。
まず、Wikipedia(日ユ同祖論)の「
日本人とユダヤ人のY染色体
」によれば、その一部ですが、次のとおりです。
上述の通りハプログループDとハプログループEは6万年以上も前に別れているため、日本人やユダヤ人などの概念が誕生する遥か前にD,Eの関係は絶たれており、数千年前という比較的近い過去の歴史において、日本人とユダヤ人が同一の祖先をもつ可能性はここからは考える事ができない。
(引用終了)
すなわち、Wikipedia記事の説明では、日本人のアイヌ系(Y染色体ハプログループD)とユダヤ人(Y染色体ハプログループE)は「共通の特定の塩基配列(YAP+因子)」を持っていることは事実であるが、Y染色体ハプログループとしてはかなり離れており、同一民族とは言えない、となります。
さらに、何よりもユダヤ人固有の「Y染色体ハプログループE」は、日本でまだ検出されておりません。
以上のことをまとめますと、上記千葉県芝山古墳群出土埴輪をユダヤ人とする物質的根拠はありません。
一方、拙ブログでは、同埴輪は、鼻の高い特徴や髭が濃い特徴から、日本で僅かに認められるケット人(Y染色体ハプログループQ)がモデルでないかと指摘してきましたが、そのデータを再度紹介しますと下表のとおりです。
ハプログループQ は、Nonakaら(2007)が関東で1例、Hammerら(2005)が静岡県で1例見つけていることは、ケット人がその埴輪のあった千葉県近辺に居たことを如実に示します。今のところ、上記「人物埴輪」に想定されるDNAはそれら以外にありません。
ケット人については、北米の主要先住民族であることが知られています。関連し、拙ブログでは、彼らは、故郷の中央アジアから北米に渡る途中、一部が南下し、日本に来たと推察しています。関連し、このハプログループQ(ケット人)については、韓国にも僅かに認められています。
以上、まとめますと、ユダヤ人が日本に来たという物的証拠はまったくありません。本著でユダヤ人でないかと言われている千葉県芝山古墳群出土埴輪については、ケット人と見た方が妥当と思われます。
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[ 2021/06/04 08:30 ]
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縄文人DNAはなぜ減少したのか愚考
縄文人DNAはなぜ減少したのか愚考
(日本人のルーツ)
田植えは平安時代から始まったことについて検討してきました。しかしながら、田植えは弥生時代から行われていたという古代史関連書物がいまだに散見されます。この問題については後程さらに検討します。
さて、拙ブログでは、Y染色体ハプログループ分類から、現代人の男系の縄文系の人々は、アイヌ系35%、マレー系A20%、その他10%、合計65%居ることを紹介してきました。詳しくは「
最近のY染色体DNA情報と従来知見の修正
」を参照願います。
一方、縄文人のDNAは現代人の中に10%程度しかない、という指摘(コメント)を受けました。
調べますと次のとおりでした。
「
縄文人DNAは10%
」
現代の日本人は祖先の縄文人が持っていたDNAの約10%を受け継いでいるとする研究結果を、国立科学博物館のチームが13日発表した。縄文人のゲノム(全遺伝情報)はこれまで部分的に解析できていたが、初めて解読した全ゲノムに基づいて分析した。
日本列島には朝鮮半島から3千年前に弥生人が渡来し、縄文人と混血したとみられている。現代人が受け継いだ「縄文人ゲノム」の割合は、北海道に住むアイヌ民族と沖縄に住む人で高かった。チームは「日本人の複雑な起源を知る手掛かりになりそうだ」としている。【共同通信】
(引用終了)
以上のことをまとめますと、現在の縄文系の人々は男系で見ると65%居るが、DNAでみると縄文由来DNAは10%しかないことになります。
前置きが長くなりましたが、関連し、今回は、この謎について愚考します。
結論から先に言いますと、日本の縄文系男子は妻として色白のツングース系(弥生系)の女を選んだ結果、縄文由来のDNAは減少したということになります。そして、それは長期間に渡って行われた結果と思われます。
これらの結果、男系のY染色体頻度は減りませんでしたが、Y染色体以外は弥生系のDNAが増えたことになります。
人間には46本の染色体数が知られていますが、この染色体数から概算しますと、次のような感じになります。
まず、縄文時代は100%縄文人としますと、46本全部が縄文人の染色体になります。そして、混血の結果、現代人には、10%しか縄文人のDNAが残っていないということは、染色体数で見ると縄文人の染色体は46本のうち5本程度(10%)しか残っていないことになります。男系の場合は、5本のうち1本がY染色体になります。
この経過を遺伝学的に検討すると、次のような感じになります(下図参照)。
まず、縄文系男子が弥生系女性と結婚しますと、その子供の縄文系DNAは50%になります。次に、その男子が弥生人女性と結婚しますと、その子供の縄文系DNAは25%になります。さらに、3回目になりますが、その男子が弥生人女性と結婚しますと、その子供の縄文系DNAは12.5%になります。
現在の縄文系人口は65%ですので、日本人全体で見ると、0.125×0.65=0.08(8%)が縄文系DNAとなります。現代人の縄文系DNA10%に近い値です。
現実的には、縄文系男性全員が弥生系女性と結婚するわけではありませんが、長い歴史の中で、縄文系男性が弥生系女性と3回以上結婚しますと、単純計算で縄文系DNA割合は10%以下になります。
そして、何故、縄文系男性が弥生系女性と結婚したかですが、次のような感じかと思われます。
日本には美人の容貌として、色白であることが知られています。色白は朝鮮半島由来のツングース系の特徴です。色黒の縄文人が色白のツングース系美女を好きになることは自然のことと思われます。詳しくは「
ツングース系到来と日本美女伝説愚考
」を参照願います。
そして、縄文系男性が弥生系女性と結婚した事例として天武天皇の容貌があります。天武天皇のY染色体ハプログループ分類はアイヌ系になりますが、容貌はツングース系(弥生系)です。詳しくは「
天武天皇の容貌はツングース系愚考
」を参照願います。
また、豊臣秀吉はツングース系の「お市」の方に憧れていたことが知られています。詳しくは「
信長の妹「お市」はツングース系浮世絵美女愚考
」を参照願います。
以上の事例からも、日本人男子が色白のツングース系女子を好んだことは明らかです。
まとめますと、現代日本人のDNAは縄文人由来が10%しか残っていない最大の原因は、日本の縄文系男性が色白のツングース系を妻にする傾向があった結果と推察されます。
関連し、その経過イメージを上トップの表に示しました。
なお、縄文系DNAが10%しか残っていないことと関連し、アイヌ系等の縄文人が淘汰された結果という見解もあります。しかし、男系Y染色体ハプログループ分類で見る限り、アイヌ系は今でも日本人のルーツの多数派であり、アイヌ系男子が淘汰されたという証拠はありません。
関連し、拙ブログでは、現天皇家はアイヌ系であり、アイヌ系の継体天皇(在位:507-531年)が巨大古墳を建造したツングース系王家を滅ぼしたことを紹介しています。詳しくは「
天皇家のルーツはアイヌ系の継体王
」を参照願います。
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[ 2021/05/28 08:05 ]
日本人のルーツ
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
「天皇家はアイヌ系」についてまとめています。詳細(目次)は下のとおりです。どうぞよろしく。
Author:レインボー
現在は邪馬台国の真相についてまとめています。
天皇家はアイヌ系(目次) はじめに 1. 日本民族のルーツ 2. 古墳王家は何故滅びたのか 3 古墳王家はアイヌ・マレー系連合に滅ぼされた 4.日本書紀は創作 5.日本語と日本人宗教のルーツ 終わりに
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