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神武東征とイモガラ木刀愚考(日本人のルーツ)

サトイモの掘りあげた株


神武東征とイモガラ木刀愚考(日本人のルーツ)

古事記と日本書紀によりますと、神武天皇は、宮崎県(日向国)高千穂の峰から降り立ったと言われます。そして、その日向国を平定すると、日本国を統合するため九州を北上し、そして、東へ向かい、幾多の困難を乗り越え、奈良の地に 我が国最初の統一王朝(大和朝廷)を作られたと言われます。

その勇猛果敢な神武天皇を祖先にいただく宮崎県民ですが、今はイモガラ木刀と呼ばれていることを2日前に紹介しました。一説によれば、神武東征のときに、勇猛果敢な人たちは皆出て行ってしまい、残ったのはイモガラ木刀ばかりだったということです。(ほんとかい?)

一方、宮崎県の県民性を表す言葉に「よだきんぼ」(よだきい)があります。その意味は、暑い気候なので、疲れるね、だるいね、やる気出ないね、という感じの言葉でしょうか。

また、宮崎県では「お疲れ様です」という挨拶が朝から聞かれます。私は、着任したばかりのとき、朝から疲れて1日もつのか、と心配したことがあります(笑)。

これらのことから想像しますと、イモガラ木刀のルーツは宮崎の暑い気候にあるのではないかと思われます。すなわち、昔は勇猛果敢な性格であったが、暑い気候のなかで暮らすうちに、宮崎の男はイモガラ木刀になってしまった、という感じでしょうか(笑)。

なお、上と下の写真は、イモガラ木刀関連というわけではありませんが、自然との共生を目指す我が菜園のサトイモ栽培の様子です。今年は、前半は低温乾燥で生育が遅れましたが、後半は雨が多く豊作になりました。

サトイモ菜園10月の様子


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[ 2017/11/13 07:37 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(2)

縄文人と弥生人ルーツ(日本人のルーツ)

秋の有機菜園9月2

縄文人と弥生人ルーツ(日本人のルーツ)

「FNS27時間テレビにほんの歴史」(9月9日)で、「縄文人弥生人ルーツ世界中で似てる人探し」が報道されていました。テレビ報道と関連し、今回は、縄文人弥生人ルーツについて愚考します。

まず、そのテレビ報道では、縄文顔は南方由来として、バリ島に多いことを紹介していました。実際に日本人に似た顔が出てきました(笑)。

拙ブログでは、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)で、日本人のルーツは、おおよそ、アイヌ系が35%、マレー系が30%、中国系が20%、モンゴル系が10%、その他5%であることを紹介してきました。

そこから推察しますと、バリ島の人々はマレー系の人々に当たります。因みに、Karafet (2005) のデータでは、バリ島におけるマレー系(ハプログループO1b)の割合は59%ですので、日本人の中のマレー系の人々(30%)のルーツがバリ島当たりにあるというのは本当だと思われます。

しかしながら、マレー系の人々は稲作民族であり、水田稲作を持ち込んだ人々ですので、彼らを縄文人のルーツと言うのには問題ありと言えましょう。実際に、テレビのバリ島風景ですが、稲作民族の象徴である棚田風景がテレビでは大きく映し出されておりました(笑)。

一方、弥生顔ですが、バイカル湖付近がルーツということでした。日本人のルーツがバイカル湖付近にあるというのは古くから指摘されてきたことですが、実際に日本人に似ている人がテレビに映し出されていました。

拙ブログでは、彼らは、北方系のツングース系の民族であり、モンゴル系と中国系の混合混血民族と紹介してきました。その意味で、モンゴル系10%と中国系20%の日本人(30%)のルーツがバイカル湖あたりにあるというのはある程度当たっていると思われます。

しかし、彼らツングース系の民族は畑作民族であり、弥生時代を作った稲作民族ではありません。彼らが朝鮮半島から水田稲作を持ち込んだという説は否定されています。彼らを弥生人と言うのにも問題ありと言えましょう。

なお、上と下の写真は、自然との共生を目指し、無農薬で野菜果樹を作っている我が菜園の秋の風景です。


DNA研究、Y染色体ハプログループ解析とは?

参考までに、Y染色体ハプログループ解析について、初めての人のために紹介しますと、次のような感じです。

男性か女性を決める染色体にXとYがあります。XYが男性、XXが女性になるわけですが、Y染色体は男性にだけあり、父親から男の子供に引き継がれることになりますので、そのY染色体をたどると父親のルーツが分かることになります。

このY染色体は、巨大なDNA配列の塊からできておりますのでそのDNAの配列から種類を細かく分類でき、人類の祖先のDNAを分類するのに最適と言われております。

たとえば、Y染色体ハプログループがD型ですと、それはアイヌに多い型ですので、その人の男親のルーツはアイヌ系となります。そして、このD型という分類は、10万年経過しても、マイナー変化はありますが、D型のままで変わることはありません。

秋の有機菜園9月1


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[ 2017/09/27 07:12 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)

信長がモンゴル系という直感は当たっていた(日本人のルーツ)

菜園の自生のアサガオ9月

信長がモンゴル系という直感は当たっていた(日本人のルーツ)

拙ブログで9月3日に、「信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系、黒田官兵衛は中国系」と、それぞれの性格から戦国武将のルーツを愚推しましたが、この直感が当たっていたことについて今回は紹介します。

「FNS27時間テレビにほんの歴史」(9月9日)で、戦国時代の武将、信長、秀吉、家康の身長が紹介されていました。当時の残された衣装等いろいろな情報をもとに推定した結果のようですが、信長は長身長、秀吉は低身長、家康は中身長であった、ということでした。

一般に、それぞれの民族の身長は、モンゴル系は長身長、マレー系は低身長、アイヌ系は中身長ですので、この基準でテレビ報道を検討しますと、信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系になります。

ということは、拙ブログの愚推記事は、この場合身長だけですが、当たっていたことになります。拙ブログでは、信長の冷酷非情な性格と細い目の容貌から、そのルーツをモンゴル系と愚推したものですが、すばらしい直感だと我ながら感心しています(笑)。

なお、上と下の写真は、記事と関係ありませんが、自然との共生を目指している我が菜園の朝の様子です。まだ自生のアサガオが咲いています。

菜園の自生の花


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[ 2017/09/25 07:09 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)

信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系、黒田官兵衛は中国系(日本人のルーツ)

サツマイモ栽培の虫の食害

最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)から、「日本人は、アイヌ系が35%、マレー系が30%、中国系が20%、モンゴル系が10%、その他5%であること」を以前に紹介しました。

関連し、今回は、著名な4名の戦国武将、すなわち、信長、秀吉、家康、黒田官兵衛のDNAのルーツに迫ります(笑)。

私の愚推ですが、信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系、黒田官兵衛は中国系、と思います。

まず、信長ですが、比叡山焼き討ちなど非情な戦い方、まさにチンギスハーンのモンゴル軍に似た非情さで戦国時代を駆け抜けました。そして、その色白で目の細い容貌はモンゴル系と思われます。

次に、秀吉ですが、朝鮮半島や中国など外国への異常な関心、海洋民族のマレー系の特徴と思われます。また、そのサルと呼ばれた小柄で色黒で二重瞼の容貌、マレー系でないかと思われます。

次に、家康ですが、忍耐強く自然との共生を感じさせる生き方、アイヌ系でないかと思います。容貌もひげ面で二重瞼、アイヌ系の顔立ちと思われます。

最後に、黒田官兵衛ですが、三国志の軍師孔明を感じさせる知恵のある戦い方、そして、髭が薄く鋭い目つきでなんとなく中国人的な容貌、中国系でないかと思います。

以上、戦国武将のDNAルーツ愚考でした(笑)。

なお、上と下の写真は記事と関係ありませんが、戦国時代の非情を思い出させる我が菜園の昨年秋の様子です。サツマイモですが、ヨトウムシが大発生し、葉が食いつくされる寸前でした。我が妻は毎日のように発見してはヨトウムシの胴体をハサミで切り殺したということです。犠牲者は500匹を越えたと言っていました(笑)。目的のためには手段を選ばない結果なのか、太いイモが多数採れました(笑)。

収穫直前サツマイモ栽培


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[ 2017/09/03 07:04 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(2)

太平洋側の美人は個性的(日本人のルーツ)

太平洋側の美人ルーツ(地図)

秋田美人のルーツ、博多美人のルーツについて紹介してきました。彼女達は日本海側に属しますが、今回は、日本美人ルーツのまとめとして太平洋側の美人について触れておきます。

私は、学生時代、仙台で学生時代を暮らしました。そのとき、当然のことですが、仙台出身の女性に出会いました。それぞれ人気があり、美人も多かったと思いますが、いずれも、これといった型があるわけでなく個性的美人だったと思います。

たとえば、あの人は口元が可愛いから「リップちゃん」だとか呼んでいたのを思い出します。仙台を日本3大ブスの産地などと悪口を言う人もいますが、それは、俗説で昔の話だと思いました(笑)。

また、仕事の関係で、宮崎に7年間住みました。こちらも美人が多く居たと思いますが、同じく、それぞれ個性的だったと思います。宮崎の女は「ひゅうがカボチャ」だ、いう例えがあります。それは、「ひゅうがカボチャのように見てくれは悪いが中身(味)はいい」という意味のようです。しかし、それも昔の話で、私には、見てくれも中身もいい女性が多かったと思いました。

DNAで見ますと、太平洋側は彫りの深いアイヌ系が先に住み始めた関係からアイヌ系の多い地域です。そこへ丸顔のマレー系が来て混血し、さらに色白の北方系が混血し、今の状況が出来上がったと思われます。その意味で、太平洋側の美人はベースがアイヌ系で、特徴は、彫りが深く二重瞼で個性的と思われます。

まとめますと、秋田美人は色白高身長のツングース系がベース、博多美人は丸顔小柄なマレー系がベース、そして今回の太平洋側美人はアイヌ系がベースで個性的、と思われます。このような関係を上の地図に示しました。参考になれば幸いです(笑)。

なお、下の写真は記事と関係ありませんが、我が有機菜園の花(クフエア)とミョウガの様子です。

菜園のクフエアとミュウガ8月下旬


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[ 2017/08/30 07:03 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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