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マダガスカルの丸顔美人と癒し(日本人のルーツ)

マダガスカル丸顔テレビニュースのアナウンサー

「全日本丸顔協会」という会がありますが、「日本の長い歴史において、その文化の常に中心であり続けている『丸顔』。 その丸顔について多角的に解析・議論を行っていくのが当協会です」、とあります。

一方、拙ブログでは、日本人の丸顔のルーツはマレー系の人々、そのマレー系の人々のルーツはアフリカ中南部にあることを紹介してきました。

今回は、マダガスカルの丸顔美人と癒しの効果について愚考します(笑)。

上の写真は、マダガスカルのニュース番組に出てくる女性アナウンサーです。丸顔美人だと思います。

下の写真は、私がよく訪問したマダガスカル現地の子供の顔です。かわいい丸顔で、この顔を見るたびに疲れがとれます。特に、年上の子供は、行くたびに駆け寄ってきて、ニコニコしながら手荷物運びなど手伝ってくれたりします。

全日本丸顔協会の記事に、「丸顔の優しい雰囲気は争いを少なくし世界平和に貢献できるのではないか」、というような記事がありましたが、それは本当だと思ったしだいです(笑)。

以上、簡単ですが、マダガスカルの丸顔と癒し愚考でした。

マダガスカル丸顔少女


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[ 2017/06/27 10:25 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)

マダガスカル人の丸顔と日本人の丸顔のルーツは同じ(日本人のルーツ)

マダガスカル人丸顔2

私は最近までマダガスカルに滞在し、日本で人気のある丸顔が多いことに気が付きました。関連し、今回は、マダガスカル人と日本人の丸顔のルーツについて迫ります(笑)。

上の写真は銀行の若い女性職員ですが、丸顔でした。下の写真はJICAのプロジェクトで雇用している通訳の人達ですが、同じく丸顔でした。

マダガスカル人丸顔1

また、下のマンガ絵は、佐藤純子氏の作ったマダガスカル語会話初級編の「MISAOTRA(ミサオチャ)マダガスカル」(新風社 2004)の内容の一部です。その中に出てくる顔は皆丸顔系です(笑)。

マダガスカル語マンガ絵1

また、下のマンガ絵は、その著者(佐藤純子氏)と思われますが、著者も丸顔でした(笑)。

マダガスカル語マンガ絵2

以上のように、マダガスカルには丸顔が多い感じがしますが町の通りを歩いてみますと、実際は丸顔の比率は3人に一人(30%)ぐらいでした。

マダガスカルには、マレー系のほか、西側の海岸部からアフリカ系の人達、北部海岸部からアラビア系の人達も移り住みました。そして、当然のことながら混血し、現在のマダガスカル人ができあがりましたが、マレー系の人たちが約60%と言われます。マレー系のルーツはインドネシアですが、そこの人たちに丸顔が多いことが分かっていますます。

そして、アラビア系に丸顔が少ないこと、隣国のタンザニアに丸顔が認められるがことから推察しますと、マダガスカルの丸顔のルーツはマレー系とアフリカ系の影響と思われます。なかでも人口比率からみますとマレー系の影響が最大と思われます。

一方、日本人のルーツは、アイヌ系が35%、マレー系が32%、中国系が20%、モンゴル系が9%、その他4%であることを以前に紹介しました。それぞれのルーツの容貌から推察しますと、日本人の丸顔のルーツもマレー系にあると思われます。


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[ 2017/06/25 07:35 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(2)

まとめ、弥生人は来なかった(日本人のルーツ)

日本民族のルーツと成立時期(表)

拙ブログでは、Y染色体ハプログループの分類から、日本人は、アイヌ系、マレー系、中国系、モンゴル系などの混合民族であること、そして、各民族の日本への移住時期や経過について愚考してきました。

今回は、まとめとして、各民族と移住時期の関係、そして弥生人は来なかったことについて愚考します。

まず、各民族と移住時期に関して上の表を作りました。この表を説明しますと、次のとおりです。

まず、日本に最初に移住して民族はアイヌ系で、その時期は10万年前頃からと推定されます。2万年前頃から縄文土器を作り、世界に先駆けて定住社会を作りました。また、日本語のルーツ、日本食のルーツ、日本人の自然との共生思想(縄文思想)も、ここに由来します。

次いで日本に移住してきた民族は南方系のマレー系で、その時期は氷河期が終わった1万年前頃と推察されます。アイヌ系と混血し、新縄文人となったと思われます。

新縄文人は、航海能力が高く、5000年前頃の山内丸山遺跡時代の海外交易に貢献しました。また、この過程で稲(陸稲)も導入しました。さらには、その航海能力を生かし、アメリカ大陸にも移住したと思われます。

最後に、中国系とモンゴル系の人たちがツングース系北方民族となって朝鮮半島から移住してきました。この移住は、縄文時代の寒冷化による食料不足が原因で、移動時期は4000年前からと思われます。

この寒冷化した時代、日本の東北では縄文文化衰退のため極端な人口減があり、一方、九州地域においては火山の爆発の影響で人口の増加は停滞しておりました。このため、ツングース系民族の移住は、日本民族の構成に大きな影響を与えました。なお、彼らは畑作民族であり、稲作との関連は薄かったと思われます。

そして、この後、日本民族は、朝鮮半島から鉄の農機具を導入し、水田を開発しました。そして、縄文時代の畑作陸稲は生産性の高い水田稲作に移っていきました。この結果、水田稲作時代の弥生時代、そして、その余剰農産物を背景に古墳時代に移っていったと推察されます。

これらの経過をまとめますと、従来指摘されていた稲作民族(弥生人)は来なかったことになります。

関連し、次回から稲作の導入発展について愚考していきます。なお、下の写真は記事と関係ありませんが、我が菜園で採れた素材を利用した旬野菜料理です。美味しいですぞ(笑)。

ソラマメ5月菜園の収穫物

旬野菜料理カブの葉利用


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[ 2017/05/30 12:36 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)

日本料理と縄文時代と黒曜石(日本人のルーツ)

ウドの新芽

拙ブログでは、日本人のDNAのルーツや言葉のルーツについて愚考しております。関連し、今回は日本料理のルーツについて愚考します。

中国の高名な料理家が雑誌で語っていたことですが、世界で一番の料理は中国料理で、それにはほとんどの国の料理が含まれているようです。例えば、有名なフランス料理ですが、素材や味付けに似たものが中国料理にあり、中国料理の一部と考えることができます。

一方、日本料理は中国料理にないもので、中国料理に対抗できるのは日本料理だけである、とその料理家は日本料理を絶賛しておりました。その基本は、素材を最も大切にし、味付けは質素ですが、中国料理にないものであり、そして大変美味しいと言っておりました。

これを、私流に解釈しますと、日本料理の基本は素材ですが、その素材は旬であることかと思います。日本人は、庭先にある旬の素材を大切にして、それを生かしてきたのだと思います。

家庭菜園では「春は芽もの」と言われますが、現代風に言えば、タラの芽やウドの茎、タケノコ、新タマネギ、アスパラガスの新芽、さらにヨモギ、セリ、クコなど新葉も美味しく料理し、季節を楽しんできたのが日本人かと思います。

そして、これらの春の芽ものや新葉の利用に言及しますと、それは縄文時代からあるのではないかと思われます。

縄文人は、2万年前頃、縄文土器を開発し竪穴住居生活を確立し、世界に先駆けて定住社会に入りました。そして、庭先にあった食べることができる野草を栽培し、栗や雑穀などと一緒に調理して食べて来たのではないかと、推察されます。

そして、日本ではカミソリのように切れる黒曜石があり、それが縄文時代の食と大きく関係していたように思えます。遺跡調査報告によりますと、それで獣や魚を切り裂いたことが知られております。そして、旬の魚も黒曜石で切り開き、刺身も作り食べていたと思われます。

縄文時代、多くの黒曜石の産地があったことが知られております。そして、ほとんどの遺跡から煮炊き用の縄文土器、そして調理用の黒曜石が出土するということは、日本料理のルーツが縄文時代にあることを強く感じさせます。

関連し、上と下の写真は我が菜園で育てているウドです。

ウド新芽の茎

そして、下の写真は、その茎を利用した茎のスライスですが、たいへん美味しいと思います。酒のつまみでは最高品と思われます(笑)。これを食べる時、2万年前からの日本人ならではの楽しみであると思うしだいです(笑)。

ウド料理スライス

さらに下のマンガ絵で笑っていただければ幸いです。

うおマンガ絵


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[ 2017/05/28 19:17 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(0)

名古屋人のDNAルーツ愚考(日本人のルーツ)

名古屋人のルーツ


先月、「関西人のルーツ」 について愚考しましたところ、ブログ仲間から「名古屋は中間の中間」というコメントをいただきました。関連し、今回は名古屋人のDNAのルーツについて愚考します(笑)。

ブログ「日本古代史つれづれ」の記事を見ていましたところ、「日本人はどこからやってきたのか?(10)」  で名古屋人のDNAのデーター(by I. Nonaka, K. Miyaguchi and N. Takagi)が紹介されていました。

その記事のソースは、「Y-chromosomal Binary Haplogroups in the Japanese Population and their Relationship to 16 Y-STR Polymorphisms」と思われます。

そのデーターでは、名古屋人のアイヌ系(Y染色体ハプログループ D2)の割合は34%で、関西人の27%と関東人の48%の中間であることが示されていました。

拙ブログ記事では、日本に最初に住んでいたのがアイヌ系(縄文人)、そして、そこに南方系のマレー系が入りこみ、新縄文人となり、さらに、そこへ北方系のツングース系(モンゴル系と中国系の混合民族=韓国系)が朝鮮半島から西側から入り込んで日本人ができあがったことを紹介してきました。

これらのことから推察しますと、名古屋人のアイヌ系の割合が、関西人と関東人の中間ということは、地理的状況からすれば当然のことかもしれません。すなわち、ツングース系の民族が西側から移住してきて、その結果、アイヌ系の割合が、西側から薄まっていき、名古屋は関西と関東の中間になったと推察されます。

そして、その結果、関西ではツングース系(モンゴル系+中国系)が多く、関東ではアイヌ系が多くなったことから推察しますと、名古屋は中間の中間というのは、文化面だけでなく、日本人のDNAからも指摘できることになります。この関係を上の地図に示しました。

以上、名古屋人のDNAルーツ愚考でした。


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[ 2017/05/12 20:01 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(4)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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