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Category蘇我家の繁栄と滅亡 1/3

蘇我家の繁栄と滅亡 おわりに 蘇我家の偉大な業績はなぜ評価されないのか

蘇我家の繁栄と滅亡 おわりに 蘇我家の偉大な業績はなぜ評価されないのか早いもので、「蘇我家の繁栄と滅亡」は今回が最後になります。蘇我家は文字導入など日本の近代化に大きく貢献しましたが、日本書紀では評価されていないことについて今回は検討します。 まず、蘇我家の経過と貢献は次のとおりです。 1. 継体天皇(在位:507-531年)が朝鮮半島由来ツングース系王家を滅ぼし、新王家を始めましたが、このとき、新王家を...

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蘇我家の繁栄と滅亡 9.蘇我と中臣(後の藤原)の対立

蘇我家の繁栄と滅亡 9.蘇我と中臣(後の藤原)の対立  継体天皇(在位:507-531年)は、アイヌ系ですが、朝鮮半島由来のツングース系王家を滅ぼして新王家を始めました。そのとき、文字を使える文官はおらず、友好関係にあった百済から文官を採用しました。その文官が蘇我家の始まりになります。蘇我家は天皇家の支援を受け、最初の財務大臣となり、娘を天皇の妃に出し、政敵の物部を滅ぼし、繁栄してきました。 ここに、蘇...

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蘇我家の繁栄と滅亡 8.蘇我とアイヌ系豪族との対立

蘇我家の繁栄と滅亡 8.蘇我とアイヌ系豪族との対立蘇我家は百済出身の文官で、アイヌ系継体天皇(在位:507-531年)が、朝鮮半島由来のツングース系王家を滅ぼして新王朝を開いたときからの側近であり、財務大臣として使え、さらには、文字や仏教を導入し新王家の近代化に励み、かつ娘を天皇の妃にし、繁栄し、天皇を超えるような権力を持つようになったことを紹介してきました。アイヌ系新王家が発足したとき、武力で支えた豪...

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蘇我家の繁栄と滅亡 7.蘇我稲目の巨大な古墳

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蘇我家の繁栄と滅亡 7.蘇我稲目の巨大な古墳蘇我の2代目稲目は、財務大臣かつ筆頭大臣であり、かつ娘を妃にし、天皇家と親類関係になり、絶大な権力を持つようになったことを紹介してきました。 今回は、その絶大な権力事例として、当時に建設された墳長318mの巨大前方後円墳「丸山古墳」について、これは蘇我稲目の墓だったことについて検討します。 前方後円墳は、朝鮮半島由来ツングース系王家の権威の象徴として建造されて...

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蘇我家の繁栄と滅亡 6.蘇我は聖徳太子を育てた

蘇我家の繁栄と滅亡 6.蘇我は聖徳太子を育てた  蘇我家の初代は蘇我高麗ですが、蘇我高麗は百済の文官で日本に帰化し財務大臣となり天皇に次ぐ地位を得ました。そして、2代目の蘇我稲目は、天皇家に妃を出し、その孫が天皇になり、第一の権力者になっていったことを紹介してきました。 蘇我稲目は570年に没し、後を継いだのは3代目の馬子になります。天皇は33代推古天皇の時代となりました。推古天皇は初の女性天皇...

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