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鳥居のルーツは照葉樹林文化地帯の原始宗教か(南方系と日本人)

ミャンマー山中の神社


鳥居のルーツは照葉樹林文化地帯の原始宗教か(南方系と日本人)12.5

拙ブログでは、日本人の深層心理には縄文思想、すなわち自然との共生思想が流れていることを検討しています。関連し、この世界観が神社信仰のベースであることを前回紹介しましたが、今回は、神社の入り口と言われる鳥居のルーツについて愚考します。

まず、上と下の写真は、私が仏教国ミャンマーの田舎に稲の調査で行ったとき、山中で撮ったもので、現地の人に聞いたところ、仏教でなく在来宗教(原始宗教)の神社の入り口だと言われました。この神社の入り口の様子が日本の神社の鳥居と同じルーツか分かりませんが、日本の神社の祖型かと思いました。

ミャンマー山中神社の入り口(鳥居)

調べますと、鳥居のルーツは照葉樹林文化地帯にあるという報告があります。例えば「鳥居論---ニッポン人の鳥信仰とその出自」です。私がミャンマー山中で見たのもそれかもしれません。

拙ブログでは照葉樹林文化地帯と言われる中国南部にマレー系の人々が多数居ることを紹介してきました。その最南端に海南島がありますが、魏志倭人伝によれば倭人はその海南島の人々に似ているという記述があります。

ということは、照葉樹林文化地帯に住んで居たマレー系の人々(倭人)が、日本に来て、そこにあった鳥居様式を導入した可能性があります。初めは粗末なもので遺跡には残りませんでしたが、古代になると立派なものを作るようになったと思われます。

そこで、前回の報告を含め、まとめますと、神社のルーツは、アイヌ系の自然との共生思想に由来する神々、マレー系の人々が照葉樹林文化地帯から導入した鳥居、そして、中国の廟様式を真似た境内が合体し、できあがってきたものと思われます。


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[ 2017/12/05 08:30 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(2)

フイリピンの棚田とイフガオ族のルーツ(南方系と日本人)

イフガオ族の棚田


フイリピンの棚田とイフガオ族のルーツ(日本人のルーツ)

先日(2日前)、マダガスカルの埋葬、洗骨、死後の世界について紹介しましたが、今回は、同じような埋葬の仕方をしているフイリピンのイフガオ族の謎について、素人ながら迫ります(笑)。

フイリピンのイフガオ族はルソン島北部山地のバナウエに住む民族ですが、その民族の切り開いた棚田は、2000年以上の歴史があり、規模は世界最大、そして美しいことから世界遺産に登録されており、たいへん有名です。私は仕事の関係で、この場所を何回か訪問しましたが、上の写真は、その棚田の様子です。

イフガオ族は、ルソン島の主要民族(タガログ族、イロカノ族)と異なる言語と習慣を持ち、山中という孤立した世界に住んでいることから、その由来が謎に包まれています。その謎を解くためいろいろな研究がありますが、下の写真は、そうした本の一つです。

イフガオ族に関する書籍

その民族は、マダガスカルと同じく、死者の魂(たましい)は天に行くと信じています。そして、同じく洗骨の儀式を行い、死者を祭る習慣を持っています。さらに、マダガスカル人がキリスト教を受け入れても死者の埋葬や死後の世界のことは受け入れないと同様に、イフガオ族の人達にも同様な傾向が認められます。

山中の棚田、洗骨の儀式、これらのことから推察しますと、イフガオ族とマダガスカル人のルーツは同じ、すなわちマレー系の民族と結論されます。

そこで調べますと、最近の研究によれば、イフガオ族は中国南部の山地民族という説があります。拙ブログでは、中国南部にはマレー系の民族が多数住んで居ること、彼らが日本に稲作を伝えたことを紹介してきましたが、それらのことから推察しますと、イフガオ族が中国南部由来の山地民族という説は有力と思われます。

まとめますと、イフガオ族のルーツは次のような感じかと思います。彼らの祖先はマダガスカルと同じ祖先のマレー系で、その祖先の地と言われるボルネオ南部辺りから、まず中国南部に移住し、その後、フイリピンの山奥に未開の処女地があることが分かり、台湾経由で現在地に移住した。この様子を下の地図に示しました。

イフガオ族のルーツ

また、下の写真は、私が、その棚田の世界遺産のあるバナウエで買った稲の神様(ライスゴッド)です。稲と関係の深いこれらの置物から想像しますと、イフガオ族と日本人は同じルーツを持つ民族と思ってしまいます(笑)。

イフガオ族のライスゴッド

(美談)第二次大戦中にイフガオ族と結婚した日本兵

イフガオ族の村で1998年ごろ聞いた話です。

太平洋戦争末期、マレーのトラと怖れられていた山下将軍がフイリピンで最後の決戦に臨みました。しかし、敗戦濃厚となり、日本兵10万人近くがフリピンのジャングルに逃げ込みました。イフガオ族の村に逃げ込んだ一人の青年日本兵は、武器を捨て、助けを求めました。何とか許してもらい、イフガオ族の娘と結婚することができ、下の写真のような家に住み、棚田で稲作をして暮らしました。そして、数十年後、彼の子供は、地元の推薦を受け、その地バナウエの市長となり、市政発展に尽くしたとのことです。私ことですが、この話を聞き、胸が熱くなりました。

イフガオ族のライスゴッドと家


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[ 2017/11/29 08:00 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(2)

マダガスカルのお墓と洗骨、千の風になって(南方系と日本人)

マダガスカルの墓2


マダガスカルのお墓と洗骨、千の風になって(南方系と日本人)

私は仕事の関係でマダガスカルに2年滞在しました。そのとき、マダガスカル人の大半は死ぬとその魂(たましい)は天に行くと信じていることを知りました。

関連し、「千の風になって」という歌詞がありますが、この詩は、「死ぬと、その魂は肉体から離れ、天に行き、現世の家族を見守っている」という内容ですので、マダガスカル人とほとんど同じ考えと思われます。関連し、今回は、マダガスカル人の死生観と洗骨風習について愚考します。

上と下の写真は、マダガスカルでよくみられるキリスト教のお墓です。それぞれ家の墓があり、死ぬとお墓に入ります。そして死体は、お墓の中にあるベッドに横たえられます。

マダガスカルの墓1

マダガスカルの習慣では、遺体が腐り骨だけになると、遺族が、骨を洗い、布でくるみ、洗骨の儀式を行ない、天にいる死んだ父や母にそのことを報告します。天から父や母が見ているので、遺体と共に町を行進するような盛大な儀式が良いようです。

洗骨の意味ですが、人は死ぬとすぐ腐ってしまう。しかし骨は原形を留めて残る。すなわち、骨が死者の本体であり、死者を保存するなら骨を保存するのが正しいとする考えのようです。その風習は、マダガスカル人の大半を占めるマレー系の人々のルーツのインドネシアでも見られるようです。また、沖縄の一部でもその風習が最近まで残っていたようです。

人は死ぬとあの世に行き、草葉の陰から家族を見守っているのが日本人の一般的な見方ですが、あの世に行くという点は共通のものを感じさせます。

マダガスカル人の大半はキリスト教と言われますが、同時に祖先崇拝の宗教も持っていることになります。その意味で、私は、キリスト教だけを信じている本当のクリスチャンに会ったことがありません。このような曖昧な宗教観は、仏教徒でありながら仏教を知らない日本人に似ている感じがします。

なお、下の写真は、マダガスカルのほとんどの町にある教会です。宗派はカトリックではなく、イギリスが最初にマダガスカルに来てキリスト教を広めた関係から、イギリス国教会に属します。したがって、マダガスカルでは、共通外国語は植民地統治したフランス語、宗教はイギリス国教会になります。

マダガスカルの協会


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[ 2017/11/27 08:03 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(1)

フイリピンの田舎で日本人が殺される(南方系と日本人)

マダガスカルの農村1


フイリピンの田舎で日本人が殺される(南方系と日本人)

先日(2日前)、フイリピン人と日本人の結婚が多いことを紹介しました。しかし、それは、必ずしもハッピイエンドとはならいないようです。

私は、フイリピン在任中は首都マニラの北150㎞あたりのムニョツという田舎町に住んでいましたが、その田舎で日本人が殺されるという3面記事(A Japanese Killed!)に接し、驚いたことがあります。

記事を詳しく読むと、フイリピン女性と結婚した日本人男性(老人)が、フイリピンに住むようになり、しばらくして家族(妻の兄弟)と生活費の問題で言い争いになり、殴り合いのけんかに発展し、事故死したようです。

フイリピン事情に詳しい人に聞いたら、「それは日常茶飯事だ、金がなくなると日本人は要らなくなるということではないか」、と解説してくれました。

フイリピンの田舎の貧しさを見ると、なるほどと思ったしだいです。フイリピンで「もてる、人気がある」ということは、人物への人気でなく、持っている金の人気なので、混同しないように気をつけなくてはならないようです(笑)。

なお、上と下の写真は、マダガスカルの田舎の風景です。フイリピンの田舎もこんな感じでした。

マダガスカルの農村2


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[ 2017/10/25 08:08 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(1)

フイリピンのクリスチャンと日本人の相性(南方系と日本人)

フイリピン造花2


フイリピンのクリスチャンと日本人の相性(南方系と日本人)

フイリピンは、日本に近く、常夏の国で、物価は安く、英語の通用度が高く、日本人に似た人も多く、また性格は穏やかで、日本人が住むには、最も親近感のある国、最後の楽園とも言われています。 

私は、そのフイリピンに、2004年~2017年に仕事関係で滞在しました。そのときの情報では、日本人とフイリピン人の国際結婚は、年当り5000組以上もあり、国際結婚の例で最も多いことが紹介されていました。

そこで問題になるのが宗教の違いで、フイリピン人はクリスチャン、日本人は仏教徒なので合わないのではないかとも言われていました。今回は、この問題について愚考します(笑)。

まず、フイリピン人はクリスチャンと言われますが、死ぬまでに3回しか教会に行かない人がほとんどと言われます。すなわち、生まれたとき(洗礼)、結婚のとき、死んだとき、の3回ですが、自分の意思で行くのは結婚のときだけという、勝手なクリスチャンです(笑)。しかも、貧しいため、ほとんどの人は教会に寄付することはありません。

一方、日本人ですが、ほとんどが仏教徒と言われますが、習慣としての仏教であり、熱心な信者は少ないのが実態です。ほとんどの人は、寺に個人的に行くのは死んだときの1回だけです。自分の意思で寺に行き、お坊さんの話を聞く人、そして寄付する人は稀です。お経の意味は分からなく頭の中を通り過ぎるだけです。

結論として、日本人とフイリピン人の宗教は異なっていますが、両方とも習慣としての宗教であり、宗教上の難しい問題はないと思われます。

なお、上と下の写真はフイリピンで有名な造花です。フイリピン人は手先が器用で造花は得意な分野のようです。安くて美しい。そんな感じで私はいくつかの造花を土産に買いました(笑)。

フイリピン造花1


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[ 2017/10/23 08:17 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(2)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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