2017 031234567891011121314151617181920212223242526272829302017 05

日本人の基本的思想は縄文思想(縄文思想と日本人)

自然との共生菜園2

最初に日本に来たのがアイヌ系の人々であることが、言語、DNAの解析から明らかになっています。

そして、その日本に来た時期は、「12万年前の人類遺跡が島根県出雲市砂原遺跡」にあることから推察しますと、12万年前以前になると予想されます。しかし、多くの人が移住し始めたのは、もっと遅く、5万年前~3万年前と拙ブログでは予想しております。

そして、その人たちが、人類史上初めての土器(縄文式)を2万年前に作り、定住社会を作り上げました。そして、日本人の深層心理は、この縄文以前の採集社会と縄文定住社会の空間のなかで10万年以上かけて形成され、その思想は「自然との共生思想」として、今でも日本人のなかに脈々と生きていると思われます。

日本人は仏教やキリスト教を導入しました。しかし、それらは根付きませんでした。日本には「自然との共生思想」、あるいは「自然崇拝の縄文思想」というものがあり、それらを必要としなかったためと思われます。
例えば、建物を建てるときの地鎮祭というのがあります。私もそうですが、それをしないと落ち着かないというものがあります。これは、目に見えない自然災害を恐れるという日本的宗教だと思います。

この日本的宗教は、アイヌ文化では「自然との共生思想」として一般に知られているものですが、拙ブログでは、その思想の内容やルーツなどについていろいろと愚考していきたいと思っています。

なお、上と下の写真は、私の菜園の様子で、ここでは、自然との共生をめざし、できるだけ自然に手を加えず、かつ、無農薬・無耕起・無堆肥・無畝立て・無ビニールマルチで有機野菜を作っています(笑)。

この有機菜園に興味のある方は「野菜を食べやさい」を見ていただければ幸いです。

自然との共生菜園1




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[ 2017/04/07 13:27 ] 縄文思想と日本人 | TB(-) | CM(2)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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