Archive2020年09月 1/1
前方後円墳体制はあったのか愚考

前方後円墳体制はあったのか愚考(古墳と日本人)前回、前方後円墳のルーツについて検討しました。前方後円墳については、近畿で最初に生まれた大和政権が、その王墓として前方後円墳を作り、それを全国に広めたという「前方後円墳体制説」があります。その説には、前方後円墳は大和政権支配の象徴であり、大和政権の許可の基に建造され、大和政権の支配が及んでいた場所という意味があります。この説については、「古代史つれづれ...
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前方後円墳のルーツはツングース系の方墳

前方後円墳のルーツはツングース系の方墳(記事まとめ)古墳と大王の関係について検討してきました。関連し今回は、前方後円墳のルーツについて記事まとめをしたいと思います。まず、墳墓と民族との関係ですが、日本には、縄文系のアイヌ系、南方由来のマレー系、北方由来のツングース系という3大民族が居ますが、巨大墳墓と関係が深いのはツングース系だけです。因みに、マレー系民族の国と言われる百済ですが、巨大墳墓は少ない...
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伽耶と稲と鉄と邪馬台国

伽耶と稲と鉄と邪馬台国 (古代史の問題)先日、拙ブログ記事「邪馬台国の支配者はツングース系だった」について、「鉄と言えば伽耶や済州島が思い浮かびます。なぜ伽耶に言及されないのでしょうか?」というコメントがありました。邪馬台国と朝鮮半島の関係を観る上でたいへん重要な指摘と思われます。関連し、今回は「伽耶と稲と鉄と邪馬台国」について愚考します。まず、伽耶地域を含む韓国のY染色体ハプログループですが、マ...
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狗奴国は縄文系の多い熊本にあった

狗奴国は縄文系の多い熊本にあった(古代史の問題)邪馬台国を含め北九州は、当初、少数派のツングース系が支配し、後に、多数派のマレー系が支配するようになったことを検討してきました。一方、魏志倭人伝によれば、邪馬台国(女王国)南方に狗奴国があり、女王国に従わなかったとあります。この理由については明確になっていませんが、可能性の一つとして、狗奴国はもともとツングース系が少なく、ツングース系の女王国に従いた...
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卑弥呼の墓はツングース系由来の方墳だった愚考

卑弥呼の墓はツングース系由来の方墳だった愚考(邪馬台国と日本人)邪馬台国は北方系(ツングース系)首長の国であったことを、方墳という首長墳墓様式と中国への朝貢様式から前回検討しました。また、女王となった卑弥呼ですが、鬼道(祈祷)を得意とするとあります。祈祷は北方系にルーツがありますので、卑弥呼もツングース系の仲間だったと推察されます。詳しくは「卑弥呼は北方系色白美人であった愚考」を参照願います。関連し、...
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北九州倭国と大和のツングース系王家の関係

北九州倭国と大和のツングース系王家の関係(古代史の問題)三角縁神獣鏡は、4世紀初期に、奈良(大和)のツングース系王家が呉の技術者に作らせ地域首長に配布したものであり、それは王家と地域首長の臣下の関係を示すものであることを先に指摘しました。そして、三角縁神獣鏡は、王家の中心地だった近畿に圧倒的に多く出土し、地方では福岡に多く出土していることを紹介しました。詳しくは「三角縁神獣鏡が近畿に多い理由愚考」...
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