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Archive2022年11月 1/1

継体王は百済から先進文化を導入した

継体王は百済から先進文化を導入した天皇家はアイヌ系 3.古墳王家はアイヌ・マレー系連合に滅ぼされた 4)継体王は百済から先進文化導入前前回、百済の武寧王から王位就任のお祝いの鏡が503年に届けられたこと、しかし、継体王(在位:507-531年)が王位に就いたのは507年ことであったことを紹介しました。これの就任の遅れは新王家開始のための文官が居なかったためと判断されますが、今回は、これら文官を百済から集めたこと...

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古墳王家は宮崎から滅びた

古墳王家は宮崎から滅びた天皇家はアイヌ系 3.古墳王家はアイヌ・マレー系連合に滅ぼされた 3)古墳王家は宮崎から滅びた朝鮮半島由来ツングース系王家(古墳王家)は、初めに出雲王家を3世紀前期に創り、次いで、ヤマト(奈良)に移動し、近畿地域を支配する大王家に発展しました。その象徴的古墳は3世紀末に建造された墳長276mの箸墓古墳でした。さらに、王家は支配地を広げ、マレー系の支配地域であった吉備(岡山)を手に...

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北九州倭国王と百済武寧王が継体王を支援した

北九州倭国王と百済武寧王が継体王を支援した天皇家はアイヌ系 3.古墳王家はアイヌ・マレー系連合に滅ぼされた 2)北九州倭国王と百済武寧王の継体王支援前回は、継体王が百済と北九州倭国の支援を得て、ツングース系王家を滅ぼしたことを検討しました。今回は、百済と北九州倭国が継体王を支援したことについてさらに検討します。まず、百済ですが、建国の経過は不明ですが、首都があった漢城時代(475年まで)、熊津時代(475...

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アイヌ系の継体王が新王朝を開始

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アイヌ系の継体王が新王朝を開始天皇家はアイヌ系 3.古墳王家はアイヌ・マレー系連合に滅ぼされた 1)アイヌ系の継体王が新王朝を開始日本の古代史では、継体王は第25代天皇(在位:507-531年)と知られております。そして、その系譜は応神天皇の傍系の末裔(福井出身)であるとされています。しかし、冒頭(はじめに)で示しましたように、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)の結果、継体王はアイヌ系であることが明...

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