fc2ブログ

古代中国の稲作は鉄製農具が無くとも可能な所で行われた(稲作と日本人)

3 Comments
レインボー
古代中国の稲作は鉄製農具が無くとも可能な所で行われた(稲作と日本人)

拙ブログでは、陸稲がマレー系民族によってもたされたこと、そして、耕作可能な鉄器導入によって水田稲作が可能になったことについて言及してきました。

一方、中国の江南地方は、日本と朝鮮半島の稲作の故郷と言われます。その稲作は、氷河期の終わった直後の1.4万年前の玉蟾岩(ぎょくせんがん)遺跡に始まり、7000年前の河姆渡(かぼと)遺跡では大量の籾や稲作用の農具が発見され、大規模な稲栽培が行われていたことが分かっています。そして、その河姆渡遺跡は3000年前の黄河文明よりも4000年も早い文明です。

拙ブログでは、水田稲作には鉄製の鋤などの農具が不可欠であることを紹介してきましたが、中国に鉄器が伝わるのは3000年前の周王朝時代です。すなわち、7000年前の河姆渡遺跡時代は鉄器が無かったことになります。

関連し、今回は、江南地方は鉄器が無くとも水田稲作が可能であったことについて、西アフリカの経験から愚考します。

私は、西アフリカで2年間(2009~2011)稲開発のため働きましたが、河川敷のようなところに畦の無い天水田があることを知りました。これは、焼畑中心の西アフリカ農業の実態と思われますが、この畦の無い天水田が、鉄器の無い水田稲作のモデルになると思いました。

その様子は次のようです。①まず乾期に雑草を焼き払う(野焼き)、②掘り棒で穴を掘り種を播く、③雨期に入ると雨が降り発芽する、④雨期後半に洪水が起こり冠水する、④乾期に戻り水が引き稲が成熟すると収穫する。

これらを図解すると次のようになります。

原始的天水田稲作1

上の図は野焼きを行ったばかりの河川敷と高地にある焼畑の図解です。季節は乾期ですが、この野焼きにより、かなりの雑草の種は焼かれ死滅します。そして、その灰で土は柔らかくなっており、棒で小穴を掘り、播種できます。

播種後しばらくすると雨期となります。雨期と言っても日本のようでなく、スコールで1日に1回程度降る程度です。そして、この雨で稲は発芽してきます。この様子を下の図に示しました。

原始的天水田稲作2

そして、しばらくすると、上流からの水で川は増水し、河川敷は水の中に潜ります。下の図は増水し、河川敷が水に浸かった様子です。このとき生き残る稲は背丈の長い稲(深水稲)だけになります。そして、川の水には養分が含まれており、その養分を吸って稲は育つことができます。

原始的天水田稲作3

下の図は雨期が終わり、水が引き、成熟期に入った様子で、収穫期です。一方、高台にある焼畑ですが、雨が少ないときは干ばつ害に会います。また、栄養は焼畑による養分だけであり、水田のように川水からの栄養補給はありませんので毎年作ることはできません。

原始的天水田稲作4

以上が、西アフリカ稲作に古代から見られる焼畑や河川敷の水稲の様子の図解でした。

一方、古代の江南地方ですが、その地形や気象は西アフリカに似たところがあり、鉄器の無かった時代、西アフリカの天水田に似たような状況で稲が作られていたと想像しております。

また、日本の縄文時代に作られた陸稲が、焼畑で見られるような斜面でなく、平坦地に作られている場合が多くあります。古代稲作に詳しい佐藤洋一郎氏が、その平坦な場所は河川敷であった可能性を示唆しておりますが、その可能性は高いと思われます。


日本史ランキング
レインボー
Posted byレインボー

Comments 3

There are no comments yet.
まり姫

こんにちは~♪
Gw中ですがいかがお過ごしでしょうか(*^^*ゞ
体調不良でしばらくの間お邪魔できませんでしたが今日からまたお邪魔させていただきます。
よろしくお願いしますね(^_-)-☆

レインボー
レインボー
Re: まり姫 様、感謝

まり姫 様
体調回復、そしてブログ復帰のおしらせ、ありがとうございます。

心配しておりましたが、良かったです。
こちらもお邪魔し、興味深い記事にはコメントさせていただきます。
草々



> こんにちは~♪
> Gw中ですがいかがお過ごしでしょうか(*^^*ゞ
> 体調不良でしばらくの間お邪魔できませんでしたが今日からまたお邪魔させていただきます。
> よろしくお願いしますね(^_-)-☆

  • 2018/05/02 (Wed) 22:31
  • REPLY
-
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2018/05/04 (Fri) 19:32
  • REPLY