FC2ブログ
2018 101234567891011121314151617181920212223242526272829302018 12

自生アフリカ稲の故郷と江南地方の類似(稲作と日本人)

アフリカ稲グラベリマの穂相


自生アフリカ稲の故郷と江南地方の類似(稲作と日本人)

稲の栽培種には、サテバ種のアジア稲とグラベリマ種のアフリカ稲が知られております。グラベリマ種は上の写真のような穂を持ち、疎粒で低収のため、ほとんど作られておりませんが、アジア稲が入る前はかなり作られていたようです。

そして、そのアフリカ稲の故郷は大河ニジェール川上流にあるマリ国の河川敷で、先日(4日前)紹介のような河川敷です。今回は、アジア稲作の故郷の江南地方と関連し、アフリカ稲の故郷について紹介します。

下の地図は、そのニジェール川の河川敷の場所です。水源はギニア高地で世界最大の雨量のあるところです。オーストラリアの北側にパプアニューギニアという島がありますが、雨が多くアフリカのギニア高地に似たところから、そのような名前が付けられたようです。

アフリカ稲の故郷(地図)

そのニジェール川には、現在は下の写真のような堰(せき)が作られ、周囲に灌漑水が流されています。

マリ国ニジェール川の堰

下の写真はその灌漑水路の様子です。この場所は、かつては雨期になるとかなりの所が冠水し、乾期になると乾くということで、自然の天水田だったところです。

マリ国ニジェール川灌漑水路

アフリカ稲のグラベリマ種の祖先種(野生種)のブレビリギュラータはこのような河川敷環境に自生していました。そして、そこから草丈が短かく早生、かつノゲ(芒)の無い個体が選ばれ栽培種のグラベリマができました。グラベリマは陸稲として作られていますが、もともとは水稲です。

そこで、アジア稲の故郷の江南地方の環境ですが、アフリカのマリ国の天水田地帯と同じような環境、すなわち、最初は畑状態であるが、雨期がくると冠水し水田になり、その後、乾期となり、水が引いたところで収穫できる環境であったと想像しております。すなわち、鉄器がなくとも稲作ができる環境、自然の天水田が広くあった地域と思われます。


日本史ランキング
スポンサーサイト
[ 2018/05/06 07:59 ] 稲作と日本人 | TB(-) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
検索フォーム
日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR