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満州人は日本人のルーツ(北方系と日本人)

満州人と近隣の民族のハプログループ


満州人は日本人のルーツ(北方系と日本人)

ブログのまとめを行ってきました。そして、まとめ1で、日本人のルーツについてDNAの観点から検討しました。

一方、拙ブログも参加している「人気ブログランキング・日本史」がありますが、第1位の「しばやんの日々」が、戦前の「満州国」に関し、いろいろな記録をもとに、その実態について記事にしております。

日本は、その満州人を味方にし、満州国を建設したという歴史があります。その満州国の主要な民族は、韓国人と同じツングース系民族と分類されていますが、ツングース系民族のルーツについては、南方由来説や北方由来説など諸説があり不明でした。

しかし、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)はそのルーツを明らかにしたと思われます。そこで、今回は、日本人のルーツと関連し、最近のDNA研究データを基に満州民族のルーツについて愚考します。

まず、最近のDNA研究の結果を上の表に示しました。満州民族と近隣の民族のY染色体ハプログループ分類データですが、ハプログループCは、蒙古族に多い型ですのでモンゴル人を代表とするタイプと思われます。一方、ハプログループO2は漢族に多い型ですので中国人を代表するタイプと思われます。

これらハプログループC(モンゴル系)とO2(中国系)を中心に、満州民族に関する2論文のデータを見ますと、サンプルに違いがあり2論文で少し差異がありますが、満州人は、中国系とモンゴル系の混合混血民族と判断してほぼ間違いないと思われます。

拙ブログでは、満州に最初に住み着いたのがモンゴル系民族、これが2万年前頃、そこに中国系民族が移住し、混合混血が長い年月をかけて繰り返され、1万年前頃、満州民族が形成されたと推察しております。その結果、言葉はモンゴル系のツングース語、生業は中国系の北方型畑作になったと推察しております。

そして、そのツングース系民族は朝鮮半島へ南下し、高句麗、新羅、高麗等の国家を朝鮮半島に建設しました。

さらに日本へは、4000年前~3000年前の寒冷期時代に、食糧を求め、多数のツングース系の人々が移住してきました。

以上の経過を経て、満州人は日本人のルーツの一つになったと思われます。どのくらいの人数がきたのかは次回検討します。

関連し、上のDNAデータを基に、ハプログループをモンゴル系(C)と中国系(O2)とその他に分け、各民族の様子を円グラフで示しますと、下図のとおりです。満州人と韓国人はルーツが同じことが分かります。

満州人と近隣民族のハプログループ割合

参考までに、Y染色体ハプログループ解析について、初めての人のために紹介しますと、次のような感じです。

 DNA研究、Y染色体ハプログループ解析とは?

 男性か女性を決める染色体にXとYがあります。XYが男性、XXが女性になるわけですが、Y染色体は男性にだけあり、父親から男の子供に引き継がれることになりますので、そのY染色体をたどると父親のルーツが分かることになります。

 このY染色体は、巨大なDNA配列の塊からできておりますのでそのDNAの配列から種類を細かく分類でき、人類の祖先のDNAを分類するのに最適と言われております。

 たとえば、Y染色体ハプログループがD型ですと、それはアイヌに多い型ですので、その人の男親のルーツはアイヌ系となります。そして、このD型という分類は、10万年経過しても、マイナー変化はありますが、D型のままで変わることはありません。


日本史ランキング
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[ 2018/07/24 19:37 ] 北方系と日本人 | TB(-) | CM(4)
縄文土器との関係
そうですか、たとえば縄文草創、前期などの土器などで共通するようなものは見つけられるのでしょうか
的外れことをお聞きしているような気もします 逆な流れなのかもしれませんので
[ 2018/07/26 07:15 ] [ 編集 ]
Re: 白壁 さん、縄文土器との関係
白壁 さん

ツングース系民族と縄文土器との関係ですが、ツングース系民族が来たのは早くて6000年前、その頃、日本は縄文時代です。
移住してきたのは少数と思われますが、土器を持って日本に来たのか、調べてみたいと思います。

貴重なコメント、ありがとうございました。
草々




> そうですか、たとえば縄文草創、前期などの土器などで共通するようなものは見つけられるのでしょうか
> 的外れことをお聞きしているような気もします 逆な流れなのかもしれませんので
[ 2018/07/26 09:03 ] [ 編集 ]
縄文中期は縄文土器なの・・・
ありがとうございます。その後ですが、
縄文前期にはまさに縄文だらけ といった土器が作られていましたが、その後東と東北では看板の縄文がほぼない土器が作られ、縄文中期とされます。これが「縄文」とは羊頭狗肉 言うなら 浮彫文土器時代? でしょう1000年も続くのですからおかしいですね、太陽の塔の作者が驚いたのもなんら不思議ではないでしょう。これほどの変化には何かあったのではないかと思ってしまいます。人口も増加が著しかったようですし。
食糧生活の用具としての面からは必要性が分からないもの 土偶その他が増え精神思考の面からも時代が違っているようにしか見えませんが、どうなのでしょうか。
[ 2018/08/07 03:38 ] [ 編集 ]
Re: 白壁さん、縄文中期は縄文土器なの・・・
白壁さん
続いてのコメント、ありがとうございます。

縄文中期の縄文土器、私は土器のことは素人ですが、ご指摘のとおりだと思います。

縄文中期、これが5000年前頃としますと、日本には南方からマレー系、朝鮮半島からツングース系が入ってきて、
多民族国家になっていきます。土器にもこれらの影響があるのではないかと思っています。
草々


> ありがとうございます。その後ですが、
> 縄文前期にはまさに縄文だらけ といった土器が作られていましたが、その後東と東北では看板の縄文がほぼない土器が作られ、縄文中期とされます。これが「縄文」とは羊頭狗肉 言うなら 浮彫文土器時代? でしょう1000年も続くのですからおかしいですね、太陽の塔の作者が驚いたのもなんら不思議ではないでしょう。これほどの変化には何かあったのではないかと思ってしまいます。人口も増加が著しかったようですし。
> 食糧生活の用具としての面からは必要性が分からないもの 土偶その他が増え精神思考の面からも時代が違っているようにしか見えませんが、どうなのでしょうか。
[ 2018/08/07 08:50 ] [ 編集 ]
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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