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邪馬台国はジャワ国だった愚考(邪馬台国と日本人)

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レインボー
マレー系民族の故郷ジャワと日本


邪馬台国はジャワ国だった愚考(邪馬台国と日本人)

邪馬台国は紀元250年頃、倭国にあった国の名前ですが、それが初めて記載された魏志倭人伝によりますと、正確には邪馬壱国(やまいちこく)と表記されることが明らかになっています。また、魏志倭人伝には邪馬壱国の他に多数の国名が出てきますが、その一つに、邪馬壱国から壱が抜けた邪馬国があります(下表参照)。

魏志倭人伝の国名の漢音読みとマレー語の意味

すなわち、倭国には邪馬壱国と邪馬国があり、その区別は壱があるかないかであり、邪馬壱は、邪馬+壱と二つのことばの合成語と観ることができます。そして、壱を通常の一番という意味の言葉とすると、邪馬壱国は邪馬の意味が何か分かると本質に迫ることができます。

また、その漢字の読み方には、北方型の漢音読みと南方型の呉音読みがあり、邪馬を北方型の漢音で読むと「ヤバまたはジャバ」、南方型の呉音で読むと「ヤマ」となります。

魏志倭人伝は、北方にあった国(魏)の歴史書なのだから、北方型の漢音読みが正しいという説があります。

一方、拙ブログでは、邪馬台国は稲作民族のマレー系民族の作った国家でマレー語が使われてきたことを指摘してきました。そこで、邪馬を北方型の漢音読みで「ジャバ」と読むと、マレー語でどのような意味になるのか今回は検討します。

まず、ジャバ(邪馬)ですが、近い言葉にマレー語でjawah(ジャワ)があります。Jawahを直訳しますとrain(雨)の意味になります。この意味ですと、邪馬壱国は雨の国、まさに雨が多く稲作に適した一番の国の意味になります。

また、インドネシアに有名なジャワ島がありますが、ここも雨が多く稲作の盛んなところですが、もしかすると、彼らが、その地方の出身者なのかもしれません。そうなると、拙ブログ指摘のとおり彼らはマレー系民族であることになります。

まとめますと、邪馬壱国(邪馬台国)の邪馬を北方型の漢音読みをするとジャバになり、それは、マレー語でジャワ(雨jawah)に近く、また、ジャワは、マレー系民族の多いインドネシアのジャワ島とイメージが重なり、邪馬壱国はマレー系民族の国だったことを感じさせます。

関連し、インドネシアのジャワ島の場所を上トップの地図に示しました。

なお、拙ブログでは邪馬台国を南方型の呉音読みでマレー語の意味を検討したことがありますが、北方型の漢音読みの方が、マレー語に近く、その意味で適していると思われます。

また、下のマンガ絵で笑っていただければ(笑)。

邪馬台国の邪馬はジャワと読む(マンガ絵)


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レインボー
Posted byレインボー

Comments 5

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坊主おじさん
こんにちは^^

邪馬台国はジャワ国だったという説
なるほどなぁと思いながら
読ませていただきました。

古代の歴史、謎が多いので
逆におもしろいですね。

最後のシャレで
思わず笑ってしまいました(^^)



  • 2018/09/06 (Thu) 10:55
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レインボー
レインボー
Re: 坊主おじさん、邪馬台国はジャワ国だったという説

坊主おじさん
いつも貴重なコメント、ありがとうございます。

邪馬台国はジャワ国だったという説、興味を持っていただき、ありがとうございます。
また、ダジャレで笑っていただき、嬉しいですね。
これからも、よろしくお願いします。
草々

> 邪馬台国はジャワ国だったという説
> なるほどなぁと思いながら
> 読ませていただきました。
>
> 古代の歴史、謎が多いので
> 逆におもしろいですね。
>
> 最後のシャレで
> 思わず笑ってしまいました(^^)

  • 2018/09/07 (Fri) 09:19
  • REPLY
ゆき
ダジャレ?

現存する魏志倭人伝は12世紀の写本ですから「臺」を「壹」と誤植したんじゃないでしょうか?
魏志倭人伝の原本は客家語で書かれてます。「邪馬台国」を客家語で発音すればヤマタイとなります−−−−ジャバではありません。ポリネシア語の「ア・マタイ」(大合議制の意味)が訛ったのかもしれません。
2千年前の漢書の地理志によると「倭人は周辺諸国民と異なり従順、シナ人は何故かモラルが低い」という記録が残ってます。これが九州人なのか本州人なのか分かりませんが、現代の日本人の特徴(遵法精神・気配り文化)と似てますね。
日本人特有のY染色体サブグループO1b2a1(O-47z)は7870年前頃に発生しました。縄文時代中期に定住型の狩猟栽培生活へと移行した段階で、縄文人と南方系渡来人が混血するようになったのが実態でしょう。
中国の粱書によれば、6世紀初頭の日本には「倭国(九州?)・文身国(出雲&高志?)・大漢国(畿内&東海?)・扶桑国(関東?)の4つの国が併存し、文身国と大漢国では言語が異なる」と指摘されてます。継体天皇以前は一つの国に纏まって無かった様子が伺えます。

レインボー
レインボー
Re: ゆき 様、

ゆき様
貴重なコメント、ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

邪馬台国の読み方には諸説ありますが、原本は邪馬壱国、読み方は魏国(北方)読みが適切と
思うようになってきました。
草々

> 現存する魏志倭人伝は12世紀の写本ですから「臺」を「壹」と誤植したんじゃないでしょうか?
> 魏志倭人伝の原本は客家語で書かれてます。「邪馬台国」を客家語で発音すればヤマタイとなります−−−−ジャバではありません。ポリネシア語の「ア・マタイ」(大合議制の意味)が訛ったのかもしれません。
> 2千年前の漢書の地理志によると「倭人は周辺諸国民と異なり従順、シナ人は何故かモラルが低い」という記録が残ってます。これが九州人なのか本州人なのか分かりませんが、現代の日本人の特徴(遵法精神・気配り文化)と似てますね。
> 日本人特有のY染色体サブグループO1b2a1(O-47z)は7870年前頃に発生しました。縄文時代中期に定住型の狩猟栽培生活へと移行した段階で、縄文人と南方系渡来人が混血するようになったのが実態でしょう。
> 中国の粱書によれば、6世紀初頭の日本には「倭国(九州?)・文身国(出雲&高志?)・大漢国(畿内&東海?)・扶桑国(関東?)の4つの国が併存し、文身国と大漢国では言語が異なる」と指摘されてます。継体天皇以前は一つの国に纏まって無かった様子が伺えます。

  • 2019/06/13 (Thu) 10:27
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レインボー
レインボー
Re: 名無しさん、邪馬台国の読み方

名無しさん
貴重なコメント、ありがとうございます。
参考にさせていただきます。
草々

> 陳寿は蜀出身、魏ではなく。魏志倭人伝の原本は洛陽で書かれた。洛陽は普の時代(265〜420年)の首都。客家人こそ黄河文明の担い手であり、客家人は10世紀までは黄河中・下流域に住んでいたので、古代中国語の公用語は客家語。それと日本語のルーツの一つはポリネシア語。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=285350
>
> 日本人の先祖はアイヌ+マレー+ツングース系といった単純な形成過程ではなく、もっと複雑。
>
> D1b←アイヌ系34.7%
> O1b2a1←マレー〜呉系21.4%
> O2←漢民族or新羅系19.3%
> O1b2a2←百済系9%
> C2a←モンゴルor高句麗系5.5%
> C1a1←インドネシア東部〜メラネシアorポリネシア系4.5%
> O1b1←越〜ベトナム系1.3%
> O1a←楚〜フィリピン系1.3%
> N←ウラル系1.3%
> Q+R←ケット人、シベリア系などその他1.6%(D1b以外のD系統も含む)
> http://digx.hatenablog.com/entry/j-origin3
>
> なお、現代朝鮮人の先祖は5世紀に沿海地方から南下して来た原始的遊牧民であり、新羅・百済・高句麗とは直接関係ない。
> 魏志東夷伝に記述されてる挹婁(ユウロウ)族の生活習慣・文化が、シャルル・ダレの「朝鮮事情」(1874年)、イザベラ・バートの「朝鮮紀行」(1898年)、荒川五郎の「最近朝鮮事情」(1906年)の旅行記と酷似。
> https://www.google.com/amp/s/gamp.ameblo.jp/recrutarou/entry-12313274848.html
>
> 1750年の日本の人口3100万(北海道・沖縄を除く)なのに対し1753年の李氏朝鮮の人口730万、たった23.5%、1/4にも満たない。

  • 2019/08/18 (Sun) 07:01
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