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くだら寺とひゃくさい寺の違い愚考(日本語のルーツ)

百済寺の由来


くだら寺とひゃくさい寺の違い愚考(日本語のルーツ)

Yahoo知恵袋(日本史)に百済寺の読み方について質問がありました。引用しますと次のとおりです。

滋賀県東近江市にある百済寺は「ひゃくさいじ」と読みますが、奈良県広陵町の百済寺は「くだらじ」、飛鳥時代にあったとされる百済大寺は「くだらおおでら」(7世紀前半に創建された官寺)、 大阪府枚方市にあった百済寺は「くだらじ」です。

なぜ滋賀県だけ「ひゃくさい」と読むのでしょうか?推古天皇14年(606年)、聖徳太子の建立と寺伝があり、新しいわけではないようです。(引用終了)

今回は、日本語のルーツの観点から、この質問に答えます。

拙ブログでは、百済をクダラと読むこといついて、「マレー語のKudara(Brother 兄弟)」から来ていることを紹介しました。この説では、百済と倭国はマレー系民族の国で、倭国(日本)の人々は百済をKudara(兄弟)と読んでいたことになります。

一方、韓国や中国では百済を漢音読みでヒャクサイ(韓国語でペクチェ)と今でも読んでいます。

そこで、滋賀県東近江市にある百済寺について、その歴史を観ますと、前回の報告でも紹介しましたが、そこは古くから百済帰化人の多いところです。そこへ、さらには亡命移民も加わり、百済人が多いところとなり、その結果、彼らが百済寺を母国(百済)と同じく「ひゃくさい寺」と読んできた経過があると思われます。

一方、奈良県広陵町の百済寺(くだらじ)と百済大寺(くだらおおでら)ですが、日本人(倭人)の多いところですので、一般の読み方のクダラになっていると思われます。

まとめますと、百済をクダラと読むのは日本では普通のことですが、百済からの帰化人が多かった滋賀県東近江市にある百済寺は例外的に彼ら帰化人の読み方が使われてきたと思われます。この関係を上トップの図に示しました。

また、下のマンガ絵で笑っていただければ。

くだらの意味(マンガ絵)


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[ 2018/10/12 11:21 ] 日本語のルーツ | TB(-) | CM(0)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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