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あすか(飛鳥)には「いい都」の意味がある(日本語のルーツ)

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レインボー
アスカと百済人


あすか(飛鳥)には「いい都」の意味がある(日本語のルーツ)

古代地名で意味不明な読み方(読めない漢字)に百済(くだら)と飛鳥(あすか)があります。いくつかの説がありますが、いずれも納得できる説明はできておりません。

一方、拙ブログでは、百済について、「百済はマレー語のKudara(Brother=兄弟)」と読むと理解ができることを紹介しました。すなわち、マレー系民族の国であった倭国(北九州)の人々は同じマレー系民族の国の百済をKudara(Brother)と呼んでいたことから、百済は日本語読みで「くだら」になった、としました。

今回は、飛鳥(あすか)の読み方のルーツにチャレンジします。

いろいろな情報を総合すると、「飛鳥」は「飛ぶ鳥の都」がもともとの意味のようです。しかし、なぜ、それが「あすかの都」と呼ぶようになったのかが問題になります。

当時、飛鳥の都には百済滅亡と関連し、多数の百済人がやってきたことが分かっています。拙ブログでは、その百済は稲作民族のマレー系民族の国で、マレー語(百済語)が使われていたと観ています。

そこで、飛鳥も百済人の言葉(マレー語)で読むと解答が出るかもしれません。すなわち、日本人が「飛ぶ鳥の都」と呼んでいたのを、百済人が「Asukaの都」と読んでいるうちに、「Asuka(飛鳥)の都」となった可能性があります。

そこで、Asukaをマレー語(百済語)に翻訳しますと次の候補が考えられます。

「あすか」をマレー語で読むと近い言葉に「Ah suka」があります。「suka」は英語で「like」ですので、日本語に訳すと「あーいい(都)」という感じでしょうか。

そこで、百済人が飛鳥の都を「Ah suka」(あーいい都)と呼んだ理由について考察すると次のようなことが考えられます。

当時、百済では戦争が絶えず、ついには、660年、都が異民族ツングースの新羅軍に攻めこまれ滅びました。こんななか、百済を逃れ、飛鳥の都に着いた亡命百済人は、飛鳥の都は戦争がなく、なんて平和なのだろう。まさに「あーいい都」、すなわち「Ah suka」と感じたと思われます。

そして、百済人に対する日本人の思いは次のような感じでしょうか。日本に美しい仏像(仏教)をもたらし、さらには文字ももたらし、百済人は文化人だ。飛鳥を「Ah suka」と呼ぶなら、私たちも「Ah suka」と呼ぼうと日本人のリーダーは思ったのかもしれません。そうしているうちに、「Ah suka」は、現在のアスカ(Asuka)となったと思われます。

なお、小生がマレーシアでマレー語をかじったときの経験ですが、マレー語のsukaは、日本語の「好き」の語源と思いました。因みに、I like you!は、マレー語でAku suka kamu! (アクスカカム)です。sukaは日本人に身近な言葉と思いました。
以上、Asukaの呼称由来愚考でした。

関連し、百済帰化人の流れを上トップの図に示しました。また、下のマンガ絵で笑っていただければ。

アスカはAh sukaの訛り(マンガ絵)


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レインボー
Posted byレインボー

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マレー文化の影響

時代は違いますが平安時代の日本人の一般女性は暖かい季節になると胸がスケスケの薄着を身に着けて外出してました。こういったハレンチなところはマレー文化の影響なのかもしれませんね。

  • 2019/01/14 (Mon) 05:11
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レインボー
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Re: 名無しさん、マレー文化の影響

名無しさん
興味深いコメント、ありがとうございます。

平安時代の日本人の一般女性の服装ですが、マレー文化の影響なのか、小生には分りません。
マレー人は、確かに、夏は腰巻き一つ(男子はふんどし)の文化ですね。
草々

> 時代は違いますが平安時代の日本人の一般女性は暖かい季節になると胸がスケスケの薄着を身に着けて外出してました。こういったハレンチなところはマレー文化の影響なのかもしれませんね。

  • 2019/01/14 (Mon) 08:40
  • REPLY