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鬼が島(女木島)秘宝のルーツ(南方系と日本人)

女木島は海洋交易拠点だった


鬼が島(女木島)秘宝のルーツ(南方系と日本人)

ブログ仲間が「鬼ヶ島伝説のある女木島の巨大洞窟と古代遺跡」について興味深い記事を掲載しております。今回は、この女木(めぎ)島(別名:鬼ヶ島)の巨大洞窟と古代遺跡のルーツについて愚考し、鬼が島秘宝のルーツに迫ります。

まず、記事の一部を引用しますと次のとおりです。

ではいったい、この巨大な洞窟の正体は何なのか?

洞窟をよく見ると、ところどころ狭い部分がありますが、床はほぼフラットで準バリアフリー。鬼さんは福祉的な意識が高いのかと感心してる場合ではありません。天井には明らかに人の手による掘削跡が残っていることからも、かなりの人数が関わって整備開削された洞窟であることは間違いないでしょう。

ひとつヒントになるのは、この洞窟の少し下に円山古墳という直径15メートルほどの5世紀ごろの古墳が残っていることです。

副葬品として、純金製でハート型をした耳飾りや刀などが出土しており、教育委員会の説明版には朝鮮半島からの舶載品と書かれています。

少なくともこの島に、東アジア圏の貿易や交流があったことは確実です。

また、あらたな日朝関係史の構築を目指して高田貫太氏が書かれた「海の向こうから見た倭国」という本の冒頭は、女木島丸山古墳に埋葬されている古代人と朝鮮半島との関係から始まっているそうです。

さらにあるサイトには、およそ2000年前の蓮花山採石場(広州)で使われていた採石技術の跡が見られることから、弥生時代から古墳時代くらいの間に中国人石工によって掘られたものだという説もありました。

以前、吉備の鬼伝説に関し、本来は鬼の方が正当な支配者ではなかったのかと書きました。そしてその文化はケルトやその巨石文化とも関連する可能性を問題提起しています。

ひょっとすると、女木島の支配者も、東アジア的な動乱あるいは国際的な文化や人の流れの中でこの地に住みついた、高い文化を携えた未知の女王国だったのでしょうか。

この巨大な洞窟は、知られざる文化をもった人たちの地下宮殿なのかもしれませんね。(引用終了)


引用が長くなりましたが、まとめますと、鬼ヶ島伝説のある女木島には、弥生時代から使われていた巨大洞窟があり、かつ、5世紀に建造された古墳からは純金製の宝物が出土していて、それらの遺跡が誰によって作られたのか、諸説があり、謎に包まれていることだと思います。

そこで検討しますと、拙ブログの指摘している海洋系かつ稲作民族のマレー系民族をその舞台の主役とすると、謎は解決する感じがします。

まず、日本人のルーツですが、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)の結果、アイヌ系が35%、大陸(朝鮮半島)由来のツングース系が30%、南方系稲作民族のマレー系が30%、その他5%が居ることが分かっています。特に、マレー系は、西日本に多く、縄文時代は海洋交易の主役であり、かつ弥生時代は水田稲作の主役でした。

そして、そうした先進的な性格から、マレー系民族は、日本で一早く国家(倭国)を北九州に作り、5世紀には倭王「武」(在位:478-502年)が朝鮮半島南部も支配する大将軍として中国南朝から認められ、最盛期を迎えます。特に、その5世紀の最盛期時代、熊本にある江田船山古墳からは黄金の冠帽など朝鮮半島由来と思われる宝物が多数出ており、倭王「武」の権盛の様子が伺えます。

そこで、以上のようなマレー系民族と倭国の関係から観ると、本題の女木島の遺跡は、これらの延長線の上にあると観ることができます。

まず、女木島は吉備(岡山)、四国、畿内の三画地帯にあり海上交易上便利な場所にあります(上の図参照)。このため、弥生時代の巨大洞窟は、縄文時代から続く海洋系マレー系民族の交易拠点であり、瀬戸内海関係の多くの物が集積され、大洞窟はそれらの保管場所として使われていた可能性があります。

そして、5世紀になると、朝鮮半島(百済)から大王用の黄金製品が運ばれ、一部がその場所の古墳に埋蔵された。まさに、女木島は、弥生時代から続くマレー系民族(倭国)の西日本における交易拠点だった、と観ることができます。

そして、こうした観点から女木島の鬼ヶ島伝説を見ると、それは、交易品としてマレー系民族が持っていた宝物をめぐる争いとなりなす。マレー系民族は言葉の異なる異民族であり、民話のなかでは鬼として扱われたのではなかったかと思われます。さらには、これら海洋系マレー系民族は、後の瀬戸内を支配した海族のルーツになっていったと観ることができます。

以上、女木島に残る遺跡と鬼ヶ島伝説愚考でした。関連し、女木島の古代の状況を上トップの図に示しました。


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[ 2018/10/28 14:47 ] 南方系と日本人 | TB(-) | CM(0)
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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