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旧石器時代人は太平洋側から広がった

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旧石器時代人の日本へのルート


旧石器時代人は太平洋側から広がった(縄文時代と日本人)

先日、島根県出雲市砂原遺跡の事例から、「12万年前という我が国最古の人類遺跡を残した人々のルーツ」について検討し、それはアイヌ系の人々と愚考しました。今回は、日本に来た旧石器時代人の多くは太平洋側広がったことについて愚考します。

まず、旧石器時代(縄文時代以前)の遺跡数ですが、文科省の参考資料: 平成24年度 周知の埋蔵文化財包蔵地数のデータを使い、旧石器時代の地域別遺跡数を整理しますと、下図のとおりです。

地域別旧石器時代遺跡数

この図では、とりわけ関東と九州で遺跡が多い傾向があります。すなわち、旧石器時代人の多くは、関東と九州に住んだことになります。

旧石器時代遺跡数の多い都道府県(上位10件まで)は下表のとおりです。1位が東京で2位が北海道となっていますが、総じて太平洋側に多い傾向が認められます。因みに、太平洋側では、東京1位のほか、千葉3位、大分6位、神奈川7位、静岡8位、埼玉9位、となっています。日本海側で多いのは、長崎5位、熊本10位です。

旧石器時代遺跡数の多い都道府県

これらの他、内陸県の長野4位がありますが、これは、旧石器時代を約10万年間(12万年前~2万年前)としますと、この間、関東から内陸部に移住した例として観ることができます。この方面は、後ほど検討する予定です。

東京で旧石器時代遺跡が多いのは、掘り起こしが多いことに由来すると思われます。旧石器時代は2万年前以上のことですので、それらの遺跡は地下(下層)に眠っています。このため、道路工事などで掘り起こしたときに、偶然に遺跡が見つかるという感じかと思います。

以上、まとめますと、旧石器時代人が南方から日本に来たルートとして、日本海ルートと太平洋ルートが考えられますが、太平洋ルートが圧倒的に多いと判断されます。また、日本海ルートで熊本と長崎で多いことは、沖縄を経過してきた旧石器時代人は、鹿児島で日本海側と太平洋側の2コースに分かれたと推察されます。

すなわち、旧石器時代人は、南方より黒潮の流れに導かれ、沖縄を経過し、九州に辿り着いたと思われます。これらの関係を上トップに示しました。

なお、旧石器時代人のルートとして朝鮮半島経由説も考えられますが、この時代(12万年前頃)、旧石器時代人と思われる人類遺跡は朝鮮半島に認められないことから、この説を拙ブログでは支持しておりません。


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