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40年前に推定された弥生時代人口は少な過ぎる

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弥生時代の地域別人口(新旧)


40年前に推定された弥生時代人口は少な過ぎる(西日本の古代)

古代の人口については、小山修三(English論文1978、中央公論社1983)の古代遺跡数に基づいて推定した数値があります。この人口推定は、古代の状況を考察する上で重要で、多くの人が利用しておりますが、作成年が40年前のもので、最近の遺跡資料ではどうなのか、再検討が必要と思われます。

一方、古代のデータとして「文化庁の参考資料:平成24年度 周知の埋蔵文化財包蔵地数」が出ております。この資料は、日本古代の情報が包括的に含まれており、たいへん重要な資料と思われます。

そこで、今回は、小山の人口推定と「文化庁の参考資料」を比較し、その弥生時代の人口の推定が古代遺跡数と合っているか検討します。

まず、小山のデータはWikipediaの「近代以前の日本の人口統計」を引用し、文化庁資料と共に下表に示しました。

弥生時代遺跡数と人口

小山の弥生時代人口推定値は、弥生時代遺跡数×56とした数値となっています。その関係を下図に示しました。おそらく、1遺跡当たり56人に相当するという考え方と思われます。

弥生時代遺跡数と人口の関係

同じ計算法で「文化庁」の弥生遺跡数を使い推定した値を上の表に入れました。北海道と沖縄を除いた数値ですが、この計算結果では、弥生時代の総人口は188万人となり、小山の推定の59万人を越え、3倍近い数値となっています。

そして、「文化庁」のデータから推定した人口と小山(1978)の推定した人口を上トップに示しました。この図では、これまで近畿の人口が最大と推定されておりましたが、最近のデータでは、九州が最大となります。これは、弥生時代は九州から始まった。そして、その結果、集落が生まれ、我が国最初の国家も九州に登場したことを強く示唆するものと思われます。

まとめますと、40年前の小山(1978)の推定は、遺跡数に基づくものですが、その後の発見で遺跡数が大幅に変わっています。当時は大和政権のあった近畿を中心に調査していたため、近畿のデータが突出して大きく出ていたと思われます。

以上のことから、弥生時代の人口推定は改定すべきものと思われます。


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Posted byレインボー

Comments 2

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kamakurawake

昨日はコメント有難うございました。
レインボーさんのブログは、興味のあるテーマが目白押しです。特に、稲、神社、DNAゲノム、南方系の縄文への影響などその一つ一つが、充実して、専門性が高く、実務により裏打ちされた見解とお見受けしました。今後ともよろしくお願いします

  • 2019/04/09 (Tue) 06:07
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レインボー
レインボー
Re:kamakurawake さん、感謝

kamakurawake さん
コメント、ありがとうございます。

興味深い記事でしたのでコメントを入れさせていただきました。
草々

> 昨日はコメント有難うございました。
> レインボーさんのブログは、興味のあるテーマが目白押しです。特に、稲、神社、DNAゲノム、南方系の縄文への影響などその一つ一つが、充実して、専門性が高く、実務により裏打ちされた見解とお見受けしました。今後ともよろしくお願いします

  • 2019/04/09 (Tue) 07:17
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