各民族はいつ頃日本に来たのか

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日本人のルーツ


各民族はいつ頃日本に来たのか(記事まとめ)

最近のDNA情報を基に日本人のルーツについて3回に渡って検討してきました。

今回は、まとめとして、それぞれの民族がいつ頃来たのか愚行します。

まず、人類の起源はアフリカですが、Y染色体ハプログループ調査の結果、CグループとDグループは、最初にアフリカを出たグループと言われています。

日本には10万年以上前から人類の足跡が知られておりますので、C1a1(パプア系)とD1a(アイヌ系)は、その頃から居たと想像されます。どちらが先に日本に来たかは不明です。彼らは旧石器時代と新石器時代(縄文時代)の中心民族と思われます。詳しくは「旧石器時代の日本人は何処から来たのか」を参照願います。

現在のY染色体ハプログループ分類で、パプア系は5%、アイヌ系は35%ですので、現在の日本人の40%は、その頃から居たことになります。

次いで、日本に来たのは、O1b2a1a1(マレー系A)と思われます。1.4万年前の稲遺跡が鹿児島で見つかっており、その頃から彼らは居たと思われます。詳しくは「稲作民族が江南地方から大挙移住してきたのか」を参照願います。

マレー系民族は小柄な特徴があります。彼らも縄文人になりましたが、縄文時代人の人骨に小柄な人が多いというのは、その影響があったと思われます。

また、マレー系民族は、インドネシアから遠くアフリカのマダガスカルまで移住したことが知られていますが、彼らは海洋系民族であり、5000年前の三内丸山時代の海洋交易の中心民族であったと思われます。詳しくは「マレー系民族の優れた航海術」を参照願います。

マレー系Aの割合は20%です。パプア系5%とアイヌ系35%と合わせると60%になります。彼らが縄文時代人とすると、アイヌ系が圧倒的に多数であり、日本語のルーツもアイヌ語というのは自然の流れと思われます。詳しくは「日本語のルーツはアイヌ語とマレー語」を参照願います。

次いで来たのはツングース系民族と思われます。彼らのルーツは満州で、モンゴル人と中国人の混合混血民族です。ツングース系民族は、モンゴル人に似て高身長の特徴があり、その特徴をもった縄文人が6000年前から居たことが分かっています。詳しくは「縄文時代から高身長の人は居た」を参照願います。

こうしたツングース系民族の移住は、その後も続き、彼らは日本海側の出雲、北陸、東北を中心に畑作など北方系文化を広げた中心民族だったと思われます。彼らの割合は全体として25%になりました。

最後に来たのは、水田稲作を日本に導入したマレー系Bと思われます。彼らは、当初、江南地方で水田稲作を始めたことで有名ですが、人口が増大すると北上し、朝鮮半島南西部と北九州に3000年前頃から移住し、同じく水田稲作を行い、弥生時代の先駆けとなりました。詳しくは前回の記事を参照願います。

まとめとして、彼らの移住の経路を上トップ図に、これらの関係を下表に示しました。


各民族の日本移住時期


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