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日本稲のルーツはスンダランドのようだ(稲作と日本人)

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レインボー
稲日本酒のルーツと伝播

日本の稲作ルーツ愚考、今回は2回目として、日本の稲はどこからきたのかについて愚考します。

稲に日本型とインド型がありますが、我が国の稲は日本型と呼ばれております。そして、生物資源研究所の研究チームが、稲のDNAを調べ、最も古いタイプの日本型品種はインドネシアのブル(Bulu)種であると結論しました。

ブル種とは南方系の陸稲で熱帯日本型とも呼ばれている品種グループです。古い品種となると、背丈は高く雑草に負けないような強さを感じさせるタイプです。

そして、そのブル種のあったインドネシアの隣のフイリピンの陸稲もブル種です。インドネシアとフイリピンは、海面の下がった氷河期にはスンダランドと呼ばれたところです。このため、日本型品種のルーツはスンダランドという説が出ております。

一方、拙ブログでは、日本に来たマレー系の人々のルーツはスンダランドであったこと、そして、プラントオパール解析から日本では1万年前から稲があったことを以前に紹介しました。

これらのことから推察しますと、次のように考えることができます。日本型稲品種の祖先はスンダランドにあり、そこに住んでいたマレー系の人々によって選抜されました。その時期は氷河期が一時的に終わる2万年前頃と、拙ブログでは推察しております。

そして、最終氷河期が1.2万年前頃に終わり海面上昇し居住地が狭くなると、マレー系の人々は隣接の東アジア各地に移住するようになり、同時にその稲も持ち込んだと思われます。この時期は1.2万年前頃と推定されます。

そして、その結果、中国では、揚子江流域という低地に稲が作られ、最初の稲作文明が河姆渡遺跡(かもど)遺跡を中心に作られました。この時期が7000年前で、最初の水田稲作は中国がルーツと言われる由縁です。

一方、中国南部の地域では、これは陸稲栽培ですが、有名な照葉樹林文化の1要素になったと推察されます。また、日本への伝播ですが、先に紹介しましたように1万年前から持ち込まれ、陸稲として細々と縄文時代に作られてきた、と推察されます。このような様子を上の図に示しました。

なお、このように稲を東アジアに広めたマレー系の人々ですが、遠く、アフリカのマダガスカルまでアジア稲を持ち込んだ民族としても知られております。

関連し、「稲の起源はスンダランド」という記事がありました。この記事は、最新の報告を整理したものであり、たいへん参考になります。その記事を紹介しますと次のとおりです。

(引用開始)
ジャポニカの起源は、G(F)とqSW5 Wx qSH1の熱帯ジャポニカのウルチであり、起源地はフィリピン・マレーシア・インドネシア、ベトナムであると考えられる。 この考えに対し、佐藤氏は「イネの歴史」(2008年版)の中で、「この結論は、まず、考古学の成果とまったく合わない。東南アジア島嶼部における稲作の始まりは、考古学的にはせいぜい4000年ほど前のことである。長江流域における稲作の開始より数千年遅いのである。・・・これら島嶼部に現在すむ人々の先祖が伝わったのがせいぜい数千年前であるという人類学的な証拠もある。」と反対意見を述べている。
佐藤氏の反論は考古学者の発想だ。農学者・遺伝学者としての佐藤氏の考えはどうなのであろうか。論文を書いた正村純彦氏達(NIAS)の考え「三つの優性遺伝子は劣性遺伝子より古く、したがってこの三遺伝子を併せ持つ品種は、より古いタイプの品種ということになる」について、佐藤氏は「この推定は遺伝学的にも、また優性形質が劣性形質より古いタイプの形質である事実からみても妥当だと思われる」と述べている。イネの起源が東南アジア島嶼部にあったことは、遺伝学的に認められても、稲作の起源を考古学的には認められないのだろう。(引用終了)

また、下のマンガ絵で笑っていただければ幸いです。

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Posted byレインボー

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