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継体天皇の立像はアイヌ系の顔立ち愚考

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継体天皇の容貌


継体天皇の立像はアイヌ系の顔立ち愚考(古代史の問題)

前回、現天皇のルーツはアイヌ系の継体天皇(在位:507-531年)であることを紹介しました。

関連し、今回は、継体天皇の容貌についてもアイヌ系であったことについて愚考します。

継体天皇の立像が福井市の足羽山公園三段広場にあることが知られております。

Wikipedia(継体天皇)から、その写真の顔立ちを上の写真に示しました。また、その立像全体を下の写真に示しました。


継体天皇の立像

この写真を眺めますと、容貌は明らかにアイヌ系です。特に、髭が濃い、眉が濃い、二重瞼(まぶた)、がっしりした鼻の特徴はアイヌ系の特徴です。

対するツングース系の特徴は、満州という寒冷地が影響し、髭が薄い、一重瞼、細い目、低い鼻、高身長が特徴的と言われますが、継体天皇立像はツングース系とは明らかに異なります。

そこで、この立像の由来について調べますと、「第26代 継体天皇の立像」によれば、「継体天皇石像は、明治17(1884)年、内山基四郎を中心とした石工たちが、多くの伝説に語られる天皇の業績を顕彰するために立てた像である。笏谷石(しゃくだにいし)製で高さは4mを越える立派な石像で、足羽山公園三段広場のシンボルとして広く市民から親しまれてきた。昭和23(1948)年6月28日の福井大震災で倒壊したが、昭和27年に再建された。」とあります。

しかし、この立像の基になった画像については、見つかりませんでした。

立像の基になった画像が分からない問題がありますが、結論として、現代に残された継体天皇立像は、アイヌ系の容貌であり、「現天皇家のルーツはアイヌ系」というDNA研究結果と一致します。

これらのことから想像しますと、継体天皇の像は実像に近く、そのもとになった画像は本物と思われます。おそらく、巨大なツングース系王家を滅ぼした偉大な英雄として、本物の画像が残されていた可能性が高いと思われます。

また、継体天皇の容貌がアイヌ系であることは、アイヌ系の支持だけでなく、ツングース系王家に不満を持っているマレー系など他の民族の支持も得やすかったと思われます。

すなわち、継体天皇の容貌は一目でアイヌ系であることが分かり、それがカリスマ性を作り、巨大なツングース系王家と戦う雰囲気を醸し出し、人をまとめるのに役立ったのではないかと思われます。

なお、当然のことですが、混血が進みますと、DNA(Y染色体ハプログループ)と容貌の関係は一致しなくなります。近年の天皇の容貌は一重瞼でツングース系(朝鮮半島由来)という指摘がありますが、それは、天皇家がツングース系の女性と結婚した結果と思われます。

拙ブログでは日本美人のルーツの一つに日本海美人があり、そのルーツはツングース系であることを指摘してきました。こうした事情から、継体天皇以降の天皇家がツングース系美人と結婚したことは自然のことで、天皇家はツングース系に似た容貌が多くなった理由はその辺にあると思われます。

日本の美人のルーツについて、詳しくは「日本人の容貌とルーツ」、および「色白高身長、秋田美人のルーツ愚考」を参照願います。


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Posted byレインボー

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