「日本国紀」は古代史に影響を与えたか

「日本国紀」は古代史に影響を与えたか(古代史の虚像と書籍)
年頭のあいさつで述べましたが、日本国紀(2018 百田尚樹)を読みました(上記写真参照)。内容は通説(俗説)と異なり、かつ、歴史本としては珍しいベストセラーになりました。
今回は、その「日本紀」の内容と影響について愚考します。
なお、著者が読んだのは、第一章(古代~大和政権誕生)と第二章(飛鳥時代~平城京)の古代史関係部分だけです。
まず、拙ブログの感想は次のとおりです。
縄文時代の理解は不十分
日本人のルーツについて、「周辺国の人々を含めた大掛かりなDNA解析が進めば、かなりのことが分かるだろう」とありますが、この方面は具体的な検討がなく残念でした。
すでに、DNA研究(Y染色体ハプログループ)で、現在の日本人は、アイヌ系が35%、マレー系が30%、朝鮮半島由来のツングース系25%、その他10%であることが分かっています。
古代の朝鮮半島の理解も不十分
「4世紀半ばにも日本はかなり積極的に朝鮮半島に兵を送っている。・・・ もしかしたらもとは同じ一族が住んでいた可能性もある。ただしそれらを示す歴史的資料はない。」とあります。
「同じ一族が住んでいた可能性もある」という指摘は当たっています。これも、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)を見れば分かることで、稲作民族のマレー系が朝鮮半島に30%、日本に30%居ることが分かっています。
古墳時代に大和王権は関東まで支配していたか
「(古墳時代)同じような前方後円墳が日本各地に作られていることから、大和王権の権力はほぼ日本全国にわたっていたとも考えられる」とあります。しかし、この説は、その後の古代史経過を考慮しますと、まだ解明されていません。一つは関東の多数の古墳の扱いです。
例えば、日本側の情報を基にした中国の旧唐書によれば「日本の東の境は山に遮られ、その東は毛の国である」とあります。すなわち、古墳時代、毛の国の関東は大和の支配下に入っていません。また、701年に完成した大宝律令にも道があるのは、東海道と東山道までで、その先にある関東について記述はありません。さらには、関東が大和政権下にあったことを示す物的証拠は何もありません。
白村江の戦いの真実に迫っていない
白村江の戦い(663)について「人口300万人前後と考えられる当時の日本で、総人口の1パーセント近くを海外に派兵するというのは、国の総力を挙げた戦いともいえる」とあります。
この白村江の戦いの内容は日本書紀と同じです。日本書紀には、戦いに負けても戦勝国の唐側から賠償請求が無かったことなど不自然なこと多くありますが、それらのことへの検討はありません。
なお、拙ブログでは、白村江の戦いは、北九州倭国と唐の戦いであり、大和政権は参戦しなかったことを紹介しています。詳しくは「白村江の戦いにおける海戦の真相」を参照願います。
邪馬台国は北九州にあったと思われる
この内容については、たいへん評価されます。
倭の五王はヤマト朝廷と関係が無い
俗説では、倭の五王は5世紀のヤマト朝廷の天皇に指摘されています。しかし、本著では、それらの王の名前は日本書紀にもないこと、倭の五王の名前と天皇名が一致しないことから、従来の説は「こじつけ」で、ヤマト朝廷の王でないと思われるとしています。これは評価されます。
このことを真面目に検討すると、倭の五王は北九州倭国の王で、大和朝廷とは別に倭国があったことになり、教科書の書き換えにも繋がる内容です。
継体天皇から王朝が代わった
継体天皇(在位:507-531年)の代に王朝が代わった可能性のあることも書かれております。教科書的には、万世一系が普通ですが、この内容も通説と違います。
拙ブログも同内容ですが、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ)で、現天皇家のルーツはアイヌ系の継体天皇で、朝鮮半島由来のツングース系っでもなく、南方由来のマレー系でもないことが分かっております。詳しくは「天皇家のルーツはアイヌ系の継体王」を参照願います。
九州王朝東遷説
本著は、邪馬台国九州説や、倭の五王はヤマトの王ではないことと関連し、北九州王朝東遷説を支持している雰囲気があります。しかし、それを追及すると、日本書紀は北九州倭国の存在を否定していることが明らかになり、教科書の書き換えも必要になり、大問題に発展します。
以上、感想をまとめますと、「日本国紀」は、不十分な点も多くありますが、これまで曖昧だった邪馬台国の所在地、倭の五王と大和朝廷の関係、王朝の交代について、俗説とは違う内容を提示しており、論議が期待されます。
最後に、「日本紀」の古代史への影響ですが、残念ながら期待された論議はまったく無い感じです。例えば、「日本国紀」は2018年発刊ですが、その後の日本史関係書籍(2020年発刊については前回紹介)は「日本国紀」を無視した内容になっています。
おそらく、本著の内容を真面目に検討すると、大半の歴史関係書籍の内容が問題になるため、「日本国紀はベストセラーだが無視する」というのが日本史関係出版界の暗黙の合意と思われます。
拙ブログでは「日本古代史は戦前と変わっていない」ことを指摘してきましたが、こうした状況は「日本国紀」の後も変わらず、いかんともしがたく絶望的な状況が続いている感じがします。

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