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藤原家のルーツはマレー系A愚考

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レインボー

藤原(中臣)家のルーツは?


藤原家のルーツはマレー系A愚考(日本人のルーツ)

前回、蘇我家のルーツについて検討しましたが、このとき、藤原家の男系ルーツ(Y染色体ハプログループ)はO1b2a1a(マレー系)という興味深いコメントが入りました。

有名人のハプログループ(Y染色体O1b2a1a系統)」によれば、これは本当のようで、この情報を基に作成したのが上の系譜図です。

関連し、今回は、藤原家のルーツについて愚考します。

なお、O1b2a1aというハプログループは、ジャワ島(もとスンダランド)由来のマレー系で、5000年前の三内丸山遺跡時代に活躍、5000年前の岡山で陸稲栽培、日本に20%居るグループで、拙ブログではマレー系Aと分類しております。

マレー系Aの他に、日本には、中国の江南地方から水田稲作を導入したマレー系Bが10%ほどいますが、詳しくは「海洋系と稲作系のマレー系が別々に渡来してきた」を参照願います。

まず、藤原家のルーツの中心となる藤原不比等ですが、その父は、乙和の変(645年)で中大兄皇子(後の天智天皇)と共同して蘇我蝦夷を暗殺した藤原鎌足(もと中臣鎌足)です。

そして、有名な話ですが、藤原不比等を生んだ藤原鎌足の妻は天智天皇の女官であり、妻になったとき、すでに腹が大きくなっていました。このため、藤原不比等は天智天皇の子供と言われ、そのため、大宝律令や日本書紀の編纂など重要職に抜擢されたとも言われております。詳しくは「藤原不比等の謎」を参照願います。

しかし、最近のDNA分類(Y染色体ハプログループ分類)は、彼は天皇の子供でないことを明らかにしました。すなわち、Y染色体ハプログループ分類で、天皇家はアイヌ系(D2)ですが、藤原家はマレー系(O1b)です。

言い換えますと、藤原鎌足は天智天皇の女官を妊娠させ、その後、妻としたことになります。

以上の結果、藤原不比等については天智天皇の子供という説がありましたが、これはDNA研究の結果、否定されたことになります。

次に、藤原家の始まりとなった中臣鎌足の正体ですが、朝鮮半島由来説があります。中臣鎌足=百済皇子という説です。確かに、Y染色体ハプログループ分類からしますと、マレー系Aであり、朝鮮半島にもマレー系Aはいますので否定できません。しかし、存在時期が同等以外に物的証拠は無く、有力な説の感じはありません。

一方、マレー系A(海洋系、縄文系)とマレー系B(水田稲作導入、弥生系)の関係から見ると、朝鮮半島に多いのはマレー系Bで、水田稲作が発展し百済が建国されたという経過を見ると、百済皇子=マレー系Bとなり、藤原家のマレー系Aと異なります。

一方、歴史上、明らかなのは、中臣家は中大兄皇子と共同して豪族の蘇我家を滅ぼしたことです。すなわち、藤原家(もと中臣家)と蘇我家は対立関係にあった豪族になります。

現天皇家はツングース系王家を滅ぼした継体天皇(在位:507-531年)から始まりますが、このとき協力関係にあったのが、アイヌ系の蘇我家、縄文時代から居たマレー系A(中臣家?)と思われます。

例えば、当時も現在と同じ割合と見ますと、当時の日本民族割合は、アイヌ系35%、マレー系A20%、マレー系B10%(北九州倭国グループ)、朝鮮半島由来ツングース系25%、その他10%、になります。

アイヌ系の継体王グループが、ツングース系王家と戦うために縄文時代から居たグループをまとめたとすると、アイヌ系35%+マレー系A20%=55%になります。これは、強大だったツングース系25%を圧倒できる数値になります。詳しくは「最近のY染色体DNA情報と従来知見の修正」を参照願います。

すなわち、継体王はアイヌ系だけでなく縄文時代から居たマレー系Aの協力を得て、ツングース系王家を滅ぼしたと観ることができます。このマレー系Aの代表が中臣家(後の藤原家)と見ると、中臣家の存在意義が見えてきます。

そして、中臣家の順位は蘇我家に続く第2位だったとすると、天皇家と親しかった蘇我家に対する中臣家の憎しみが見えてきます。

日本書紀によれば、乙和の変(大化の改新 645年)の目的は、天皇家をも凌ぐようになった巨大な蘇我家を滅ぼし天皇中心の律令政治を行うこととあります。しかし、当時は有力豪族の合議制で行われていた状況から観ると天皇中心の政治にしようとする勢力は弱く、真相は蘇我家を滅ぼすために仕組まれた中臣家の陰謀だったことになります。

後の壬申の乱(672年)で中臣家を含む天智天皇側が、地方豪族中心の大海人皇子(後の天武天皇)に敗れたのも、そうしたクーデターが支持されていなかったことになります。

一方、そのとき、天智天皇側だった藤原不比等は、少年時代だったため直接の関わりは無く、運よく難を逃れることができ、後に復活することができたのは知られているところです。

そして、藤原家が正義で蘇我家は悪党という日本書紀のストーリイは、日本書紀が藤原家由来の藤原不比等によって編纂されたことから想像すると、真相が見えてきます。そして、ここにも日本書紀の歴史改竄が見えてきます。

関連し、藤原家のルーツのマレー系A(海洋系、縄文系)が日本に移住した経過を下図に示しました。


藤原家のルーツはジャワ島


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レインボー
Posted byレインボー

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のんちゃんパパ
可能性が高いですね。

 古い時代ほど、自分の先祖のルーツを要視するがゆえに、天皇の天孫降臨や、朝鮮半島の最初の王が神の子孫だったという神話、ベトナムでも民族の始祖が龍と鳳凰の子だったという神話がありますから、自分たちが継代天皇側だったのか、アイヌ側だったのか、マレー系だったのか、ツングース系だったのかは重要視していたでしょう。
 中国の司馬遷による史記の価値が高いのは、彼が死後に公表するよう娘に遺言している事です。存命中なら迫害される可能性が十分ありました。でも本人が死んだ後なら、公表すれば公文書ではない信ぴょう性の高い歴史書として評価されます。
 さらに、中国では皇帝が何度も変わり、複数の国家が乱立していましたから、仮に改ざんが加えられたとしても、拮抗する国家の歴史書と比較すれば、少なくとも改ざんが行われた場合、既述に矛盾が出るはずですから検証しやすいわけです。
 ところが日本は天皇が継代天皇以来変わっていませんから、歴史を改ざんしようと思えばし放題でしたし、司馬遷のような個人での研究者で優れた人物がおらず、アジア太平洋戦争当時も、たった今も、次から次へと改ざんと隠蔽を政治家がやっていますから、DNA分析による客観的な家系分析と、海外の記録、戦争中なら中立の立場の外国の大使館の目撃した記録文書ぐらいしか客観的なデータがありません。
 以上により、レインボーさんのお立場は、さしずめ政府とは無関係で改ざんの意向のない私的な研究者として司馬遷に退避出来るような価値ある物であると考えます。今後ともご研究を続けて現在日本の司馬遷を目指してください。

  • 2021/02/17 (Wed) 09:58
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レインボー
レインボー
Re: のんちゃんパパ様、可能性が高いですね。

のんちゃんパパ様
嬉しいコメント、ありがとうございます。

司馬遷にはとても及びませんが、古代史の歴史改竄問題は、データを基に、さらに追及して行きたいと思っています。
草々

  • 2021/02/18 (Thu) 07:17
  • REPLY