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学研まんが「NEW日本の歴史」、倭の五王はヤマトの王でない問題

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学研マンガ、倭の五王の記事


学研まんが「NEW日本の歴史」、倭の五王はヤマトの王でない問題(古代史の虚像と書籍)

小学生向き学研まんが新版「NEW日本の歴史」(2012)が出ております。前回は、新版の内容で、「邪馬台国の卑弥呼の墓は前方後円墳ではなかったこと」について検討をしました。

今回は、「倭の五王はヤマトの王でないこと」について検討します。

新版では、宋の歴史書「宋書」倭国伝に、「倭の五王」が5世紀に朝貢してきたことが記述されていることと関連し、「倭の五王」をヤマト王権の王であると記しております(上の写真記事参照)。しかし、これは次の理由から間違っています。

まず、後の唐時代に編纂された旧唐書では、倭国と日本国(ヤマト)とは別の国であると記してあります。

因みに「唐の時代の正史では倭国と日本国とは別の国である~~大和朝廷の統一2」 によれば次のとおりです。


「倭国は、古(いにしえ)の倭の奴国(なこく)である。都の長安から一万四千里、新羅の東南方の大海の中にある。倭人は山がちの島をねじろとして住んでいる。その島の広さは東端から西端までは歩いて五ヵ月の行程、南北は三ヵ月かかる。代々中国へ使節を通わせている。

…その周辺の小島五十国あまりはすべて倭国に所属している。倭国王の姓は阿毎氏(あめし)で、一人の大将軍を置いて諸国をとりしまらせている。小島の諸国はみなこの大将軍を畏れて服従している。官位は十二等級あり、お上に訴え出る者は、はらばいになって進み出る。…」(訳:講談社学術文庫 『倭国伝』p.206-207)
(引用終了)

旧唐書の内容(引用記事)をまとめますと、倭国と日本国とは別の国で、「倭の五王」は北九州にあった倭国の王と判断するのが妥当と思われます。

その北九州ですが、魏志倭人伝に、邪馬台国の人びとの容貌や習慣は中国海南島の人びとに似ているとありますように、北九州は稲作民族のマレー系(越族)の多いところです。その関係と思われますが、越族の多い中国南朝の国々と交流してきた歴史があったと思われます。北九州「倭の五王」の南朝への朝貢も、これらの流れから見ることができます。

次に、「倭の五王」と日本の正史と言われる日本書紀の関係ですが、日本書紀には「倭の五王」のことは書いてありません。おそらく、日本には一系の天皇が古来より有り、「倭の五王」は倭国北九州の王なので、これは認められないので無視したことと推察されます。

そして、上の引用記事の続きによれば、次のとおりです。


逆に、『旧唐書』の記述に注目した歴史家もいる。

九州に日本を代表する王朝が存在したという古田武彦氏の「九州王朝説」は、日本古代史の謎や矛盾を無理なく説明でき、説得力もあると思うのだが、なぜか日本古代史学会からは黙殺されているようだ。

黙殺されるのは、この説を認めることは今までの古代史研究の成果を否定することに繋がることにあるという点が最大の理由であろう。わが国の古代史学会は『日本書紀』を重視しすぎて、戦前の皇国史観の影響を受けた歴史叙述を今も引きずっているとは言えないか。

(中略)
そもそも『日本書紀』は681年に天武天皇の命により執筆が開始され、720年(養老4)に完成した『正史』であるのだが、その編纂の目的は為政者の政治権力に正統性があることを史実として固定化させることにあったはずだ。

したがって、わが国に文字のなかった時代に、天皇家によってわが国が統一され、それからずっとその尊い血筋を引いているという物語を作らせたかったという側面を割り引いて『日本書紀』を読む必要があるのだと思う。7世紀以前の出来事については、中国の正史その他の記録とバランスよく読まないと、古代史の真実は見えて来ないだろう。
(引用終了)

この後半の引用記事をまとめますと、引用記事のとおり、「わが国の古代史学会は『日本書紀』を重視しすぎて、戦前の皇国史観の影響を受けた歴史叙述を今も引きずっている」になると思われます。

すなわち、この「学研まんが」の「倭の五王」も同じ流れになっています。

関連し、最近発刊されベストセラーになった「日本紀」(百田尚樹 2019)には、「倭の五王」はヤマトの王ではいことが明言されています。しかし、その後の新刊図書を見ますと、この日本紀の内容は無視されているのが現状です。

まとめますと、倭の五王はヤマトの王ではなく北九州倭国の王と判断するのが妥当と思われます。そして、新版の学研まんがは事実と異なる内容を紹介していると判断されます。

次回は、「鉄検碑文はワカタケルと読めない問題」について検討します。


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Posted byレインボー

Comments 2

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motomasaong
日本書紀は歴史書としては信憑性に乏しい。

 古代エジプト、ローマ帝国、ヨーロッパ、中国などは文字がありました。従って仮にある国が歴史を捏造しても、隣国の歴史書と照合すれば嘘がすぐばれます。
 ところが日本には文字がありませんでしたから、大和朝廷がどんなに嘘八百を書こうともそれがそのまま残されてしまう状況でした。
 そうなると中国の歴史書が極めて重要です。巨大国家中国が弱小国家であった日本に忖度する理由など皆無でしたから、その記載は事実にもとづいて書かれているはずです。
 中国の歴史書に記載のある事は信頼性が高いですが、それに記載のない事は、ただの捏造である可能性が否定できず、少なくとも真実てあるという証明は不可能です。
 従って、古事記は論外、日本書紀は紙くずほどの価値しかない何の証拠能力もない代物であることが明らかです。

  • 2021/08/13 (Fri) 17:58
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レインボー
レインボー
Re: motomasaong様、日本書紀は歴史書としては信憑性に乏しい。

motomasaong様
いつも貴重なコメント、ありがとうございます。

古事記は論外、日本書紀は紙くずほどの価値、ご指摘の通りだと思います。
拙ブログでは、その問題を検討しておりますが、まだまだの感があります。
草々

  • 2021/08/14 (Sat) 08:25
  • REPLY