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日本書紀の初代~25代の天皇存在愚考

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レインボー

日本書紀における継体王以前の天皇名は創作か


日本書紀の初代~25代の天皇存在愚考(日本書紀は創作)

アイヌ系の継体王(在位:507-531年)が、奈良・大阪に作られたツングース系王家を滅ぼし、新たな王家(現天皇家)を始めたこと、すなわち、継体王は現天皇家の初代に当たることを検討してきました。

これは最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)の結果ですので、歴史的事実と思われます。しかし、現天皇家が先住民族のアイヌ系であることは、日本の正史と言われる日本書紀(720年完成)には書いてありません。代わりに、万世一系の方針のもとに、継体王以前に25代の大王(天皇)が居たことになっています。

関連し、今回は、継体王以前の大王がどのように創られたのか愚考します。

まず、継体王以前の大王は、初代の神武天皇に始まり25代の武烈天皇で終わります。そこで、何故、25代なのかですが、これは、奈良・大阪に建造された巨大古墳の数とほぼ一致します。おそらく、これら巨大古墳の数と一致するように25代の天皇は作られたものと思われます。

詳しくは「初期天皇と実在する巨大古墳との関係愚考」を参照願います。

そして、これらツングース系王家は最初の巨大古墳の箸墓古墳(3世紀末)に始まり、継体王の王家が始まる507年に終わったとすると、その王家は約250年間続いたと理解されます。平均すると1代当たり10年になりますが、この数値は極めて実際的で妥当で、巨大古墳の数の一致と合わせて考えますと、これら25代の天皇はツングース系王家の大王と判断しても問題ない感じです。

次に、日本書紀における歴代天皇の在位期間(年数)についてWikipediaの記事を基に在位年代をまとめますと、下表のとおりです。

日本書紀における初代~26代天皇と陵墓

以上の表から、日本書紀における現天皇家の始まりはBC522年頃となります。これは明らかに、大国で先進国だった中国の歴史を意識して、日本は中国に対抗できる歴史ある国と主張したものと思われますが、当然、事実ではありません。 
 
つぎに、上記引用の「初期天皇と実在する巨大古墳との関係愚考」を使い、歴代天皇の王陵(古墳)建造時期を上表の右側に示しました。

まず、初代神武天皇の陵墓は最初の巨大古墳の箸墓古墳になりますが、この建造年は3世紀末、神武天皇の在位開始年はBC522年ですので、言うまでもなく日本書紀の記述は創作です。

また、世界遺産の仁徳天皇陵(大仙陵)は建造年が5世紀前半ですが、仁徳天皇の在位年が日本書紀では374~460年であり、その後、建造されたとなると建造年が5世紀後半になると想定されますので、実際の建造年と異なります。

関連し、天皇陵建造年と天皇の崩御年が一致している天皇は、仁徳天皇後の17代履中天皇からとなります。

ここから想像しますと、継体王以前の大王(天皇)は、17代~25代についてはそれらの天皇名と陵墓建造時期は合っている感じです。

まとめますと、日本書紀は初代天皇が紀元前500年以上前から存在していたことになっており、明らかに在位年数や年代について創作の産物です。しかし、天皇名や天皇数については実在したツングース系王家の大王(天皇)と観ることも可能です。

関連し、日本書紀と天皇の関係について、上トップ図に示しました。



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Posted byレインボー

Comments 2

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motomasaong
巨大墳墓の主は残っているのでしょうか?

 もし骨などが残っていれば、DNAを調べ、ツングース系かどうかわかると思います。残っていないのでしょうか?

  • 2021/11/05 (Fri) 16:14
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レインボー
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Re: motomasaong様、巨大墳墓の主は残っているのでしょうか?

motomasaong様
いつも貴重なコメント、ありがとうございます。

ご質問の件ですが、巨大古墳は宮内庁の管理の下にあり、ほとんど調査されていないのが現状です。
奥州藤原家のようにミイラが出てくれば分かりやすいのですが。
草々

  • 2021/11/06 (Sat) 07:15
  • REPLY