fc2ブログ

ツングース系からアイヌ系への権力移行とDNAの背景

2 Comments
レインボー

関西(近畿)の各民族DNA割合と縄文グループ連合


ツングース系からアイヌ系への権力移行とDNAの背景(日本の古代)

日本古代史の最大事件は、古墳時代後期、支配者が朝鮮半島由来のツングース系王家から先住民族アイヌ系の<継体王(在位:507-531年)に変わったことと思われます。

これらは、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)から、分かったことですが、通説を覆す大発見と思われます。

関連し、今回は、その事件の背景について各民族のDNA割合から愚考します。

まず、現代人のDNAですが、それは前々回紹介の記事の通りです。古墳時代以降、民族渡来について大きな変動が無かったことから推察しますと、各民族のDNA比率は古墳時代以降はほぼ同じであったと推察されます。

そこで、前々回紹介の記事の数値を用い、アイヌ系等の縄文系と、当時の支配者だった半島由来ツングース系を比較しますと、下図のとおりです。すなわち、権力者のツングース系は明らかに少数派です。例えば、中心地だった関西(近畿)を見ますと、縄文系は58%、ツングース系は28%で、ほぼ2:1の比率です。

縄文系とツングース系の地域別分布

当時、墳長200mを超える巨大古墳が近畿だけでも33基建造されていますが、ほとんどはツングース系王家の遺跡と判断されます。これらの巨大遺跡は、例えば墳長最大の400mを超える巨大古墳の仁徳陵ですが、延べ680万人が動員されたと推察されています。詳しくは「世界最大の大仙陵古墳建造の経過愚考」を参照願います。

これら、巨大古墳建造は、ツングース系の人々だけの人員では不可能で、縄文系の人々を使い建造された理解されます。この結果、縄文系の人々の古墳建造への不満は高まっていったと予想されます。詳しくは「巨大古墳建造の真相と民衆の怒り」を参照願います。

縄文系の中でも、多数派のアイヌ系の怒りは相当だったと予想されます。そこで、アイヌ系とツングース系の地域別比率を見ますと、下図のとおりです。

アイヌ系とツングース系の地域別分布

舞台の中心の関西(近畿)地域、そして近隣の中国、北陸は、アイヌ系とツングース系の比率が、それぞれほぼ30%と拮抗している感じです。

この拮抗している関係から想像しますと、ツングース系王家に対抗するにはアイヌ系単独では不十分と思われます。そこで、その他の縄文系(特にマレー系A)やツングース系以外の弥生系(特にマレー系B)がアイヌ系に協力し、それらの連合が勝利したと判断するのが妥当と思われます。

マレー系Aは、前回紹介しましたように、縄文時代から居た海洋系の民族です。長い付き合いから言葉も通じていた可能性があります。そして、後に藤原家となる中臣家はマレー系A(縄文系)の出身であることが最近のDNA研究から分かりましたが、アイヌ系初代王家の継体王(在位:507-531年)時代からの豪族だったと思われます。詳しくは「藤原家のルーツはマレー系A愚考」を参照願います。

さらには、当時、ツングース系と対立していた弥生系マレー系Bもアイヌ系連合に加わった可能性も否定できません。マレー系Bは弥生時代に水田稲作を大陸から導入し、北九州倭国の基になった民族であると拙ブログでは観ています。

事実、アイヌ系の中心人物は継体王ですが、百済との関係が知られております。百済は、北九州倭国と同じくマレー系Bの稲作民族の国家ですが、同民族の北九州倭国と連合していました。詳しくは「継体王と百済「部寧王」の関係」を参照願います。

まとめますと、古墳時代末期、巨大古墳建造を続けてきたツングース系王家がアイヌ系継体王によって滅ぼされました。遺伝的背景から見ますと、近畿においてはツングース系とアイヌ系の割合はそれぞれ30%拮抗しており、アイヌ系単独で権力を奪取することは困難でした。そこで、アイヌ系30%に縄文系マレー系A20%と弥生系マレー系B10%が連合し、アイヌ系連合60%がツングース系30%に勝利したと判断されます。

これらの関係を上トップ図に示しました。



日本史ランキング

レインボー
Posted byレインボー

Comments 2

There are no comments yet.
motomasaong
原住民の勝利は世界史的にも稀ですね。

 これが事実だとすると、世界史上の奇跡的な事例ですね。

 日本の原住民であったアイヌ系が、大陸由来の先端技術と武器を持つツングース系に長らく支配され酷使されていた。この被支配民族だったアイヌ系が、支配者であったツングース系に戦いを挑み排除した。これは世界史でも稀に見る快挙だと思います。
 
 アメリカのネイティブ・アメリカンは白人に虐殺されて著しく数が減少してしまいました。我々と同じアジア人です。最も残酷に執拗にネイティブアメリカンを迫害し殺害させたのがリンカンでした。従って彼は残忍な差別主義者であり、黒人解放は政治的目的があってのことです。
 インドも長らくイギリスに支配され、ガンディーの時代に解放されましたが、それはヒトラーがイギリスを空爆し、インドに対するイギリスの軍事的支配力を徹底的に弱めたからです。
 無論、ヒトラーがインドを救おうとしてやったことではありませんが、結果的にインドは独立できました。
 アフリカも白人に蹂躙されましたが、独立できたのは、同じくヒトラーなどが戦争で英仏などを弱体化させたからです。
 中国も日本に蹂躙されましたが、勝利出来たのは日本が欧米を敵に回したからです。

 日本の原住民であるアイヌが支配者のツングース系に勝利できたのは、マレー系などの援助あってこそだと思います。複数の民族が協力して敵を排除するのは、特に原住民がそうするのは滅多にありません。

 例外的に、古代中国の周が、周辺諸国や異民族と協力して暴虐な殷の紂王を滅ぼした事例がありますが、古代日本のツングース系の勝利は、それと同じような話だと思います。
 
 原住民が侵略者に支配される場合、圧倒的に強力な武力を背景にしていますが、原住民が自分達の力で支配をはねのけると言うのは世界市場も稀だと思います。
 是非、他の世界史上の原住民支配の構図とそれがどうなったかを、アイヌの勝利と比較して論じて下さい。これまでの日本史でも世界史でも一度も議論されなかった新学説になると思います。


 
 

  • 2022/07/16 (Sat) 13:52
  • REPLY
レインボー
レインボー
Re: motomasaong様、原住民の勝利は世界史的にも稀ですね。

motomasaong様

いつも貴重なコメント、ありがとうございます。

ご指摘の「原住民の勝利は世界史的にも稀ですね」ですが、ご指摘のとおりで、
日本史だけでなく世界史でも重要な情報と思われます。

そこで、この指摘、拙ブログ記事で次回の報告(?)で引用させていただきます。
草々

  • 2022/07/17 (Sun) 06:45
  • REPLY