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日本民族のルーツ 6)フイリピン系、北方アジア系、ケット系のルーツと影響

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フイリピン系、北方アジア系、ケット系のルーツと移動


天皇家はアイヌ系、1. 日本民族のルーツ 6)フイリピン系、北方アジア系、ケット系のルーツと影響

日本人は、アイヌ系35%、マレー系30%、朝鮮半島由来ツングース系25%、パプア系5%、その他5%の混合混血民族です。今回は、極少数派ですが、その他5%のフイリピン系、北方アジア系、ケット系のルーツと影響したについて検討します。

まず、Y染色体ハプログループと頻度ですが、フイリピン系はO1aで3%、北方アジア系はNで1.5%、ケット系はQで0.5%程度です。

フイリピン系O1aは、地域的には西日本に多い傾向があり、マレー系O1bの兄弟であり、台湾先住民族やフイリピン人に多いことが分かっていります。

以上のことから推察しますと、彼らフイリピン系はスンダランド(インドネシア当たりにあった氷河期の大陸)でマレー系と同じように発生し、その後、北に向かい、フイリピン、台湾、沖縄を経て日本に来たと思われます。著者の観察では、マレー系よりさらに低身長な感じがします。

次に北方アジア系のNですが、Wikipediaによれば、ルーツは北方アジア、観察頻度はネネツ人に97%、 ガナサン人に92%、ヤクート人に88%、 フィン人に63%となっています。日本には3種のN(N1a1、N1a2、 N1b)が分散し、その一つ(N1a2)はネネツ人(サモエード人)です(下図写真参照)。

ネネツ人

写真では、ネネツ人は東北の日本人という感じです。彼らは、バイカル湖の北方辺りに住む民族ですが、ごく少数ながら、いかにも日本人のルーツらしく見えます。

最後にケット系のQですが、そのルーツは北方アジアのエニセイ川付近で、狩猟民族として知られています。

このハプログループは、おそらく、ユーラシア北部を東に移住し、アメリカ大陸に渡る1~5世紀頃に、一部の人々が南下し、日本に着いたものと推察されます。関連し、このグループは朝鮮半島でも極少数ですが発見されています。

Wikipediaによれば、そのシャーマンの容貌は下図のとおりです。アイヌ系よりさらに彫りが深く髭が濃い印象で、当然のことですが、北米のアメリカ先住民(アメリカインデアン)と同じ雰囲気があります。

ケット人シャーマン

なお、彼らは、インカ文明等を築いた中南米のインデオと異なり、比較的最近移住したグループで、移動時期は1~5世紀頃と推定されています。

彼らに似た容貌の埴輪が千葉県で発見されました。有名な芝山町立芝山古墳・はにわ博物館の埴輪(下図参照)ですが、山高帽をかぶり大きな髭を持った武人像です。髭の形、全体の顔の容貌などがケット人に似ており、彼らがモデルになったものと推察されます。

ケット人がモデルとなったと推定される千葉県の埴輪

事実、ハプログループQをもった人は、最近のY染色体ハプログループ調査で関東や近辺で発見されました。また、埴輪の制作時期は5世紀で、彼らが日本へ来た時期(おそらく1~5世紀)と一致しています。彼らは、一般の日本人とは異なる彫りの深いヨーロッパ人風の容貌があり、日本人の容貌の変異を大きくしていると思われます。

この埴輪をユダヤ人と見る説がありますが、ユダヤ人を代表するハプログループはJで、日本先住民の中に発見されておりません、また、ユダヤ人が日本に古墳時代に来たことを証明するものはありませんので、この説は根拠がありません。

まとめますと、日本に来た民族には、アイヌ系、マレー系、ツングース系の3大民族の他、少数民族のパプア系、フイリピン系、北方アジア系、ケット系があると結論されます。ケット系については、一般の日本人とは異なる彫りの深いヨーロッパ人風の容貌があり、日本人の容貌の変異を大きくしていると思われます。

関連し、パプア系を除くそれらの少数民族のルーツについて上トップ図に示しました。なお、これまで紹介の民族移動地図は最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)を参考に著者がまとめたものです。



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