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ツングース系王家の繁栄と滅亡 9.王家の腐敗と滅亡

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レインボー

ツングース系王家王家の生成と滅亡

ツングース系王家の繁栄と滅亡 9.王家の腐敗と滅亡

「権力は腐敗する」と言われますが、これはイギリス歴史家ジョン・アクトンの言葉です。

Wikipediaによればその説明は次のとおりです。

「権力は腐敗する傾向があり、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」と言いました。 彼がこの言葉を選んだ理由は、人間が権力を持つと、その権力が彼らの性格を変え、彼らを腐敗させる可能性があるからです。 権力がある人々は、自分たちが支配することで自分たちの利益を追求するようになり、他の人々の利益を無視することがあります。

この言葉のとおり、朝鮮半島由来ツングース系王家も腐敗し、滅びました。おそらく、滅んだ年は502年頃です。その理由として、百済の武寧王が継体王(在位:507-531年)に王位就任祝いの鏡を503年に贈っていることから推察されます。

すなわち、502年に滅び、そのことが国際的に認知され、503年の継体王に就任祝いの鏡が贈られたことになります。そして、継体王が王(後の天皇の呼称)に就いたのは507年ですが、ツングース系王家滅亡(502年)から継体王就任(507年)までに5年間のブランクがあるのは次のためと思われます。

まず、ツングース系王家は北陸・東海から東九州を支配した広大な王家で、管理のための多数の文官が居ましたが、革命の結果、文官を含め支配者はすべて追い払われたため、国家を運営する体制がなくなってしまいました。そこで、急遽、百済から文官を派遣してもらい、507年に王権を始めることができたことになります。

このとき百済から派遣されたのが蘇我であり、彼は王に次ぐ大臣という破格の役職で迎えられました。詳しくは「蘇我家の繁栄と滅亡 1.蘇我氏のルーツは百済」を参照願います。

次に、ツングース系王家の腐敗ですが、日本書紀によれば、アイヌ系継体王の直前のツングース系王家の最後の王と推察される武烈王について次のようです。

日本書紀による記述

長じて罪人を罰し、理非を判定する事をお好みになった。法令にお通じになり、日の暮れるまで政治をお執りになって、世に知られずにいる無実の罪は必ずお見抜きになり、それをおはらしになった。訴訟の審理はまことに当を得ておられた。また、しきりに多くの悪行をなさって、一つも善業を行われなかった。さまざな酷刑をご覧にならないことはなく、国内の人民は、みな震え怖れていた[2]。(以下略)

古事記による記述

『日本書紀』における武烈天皇によるこれら悪虐非道の記述は、『古事記』には一切見られない。日本書紀と比較すると、古事記の記事は極めて簡潔なものになっている。(以下略)

日本書紀における悪虐非道の記述について、古事記では記述が少ないこともあり、これらが本当かどうか確認できませんが、ツングース系王家の最後の王に問題があり、次の王として継体王(在位:507-531年)が選ばれたという内容にしたいという創作の意図の可能性があります。

おそらく、ツングース系王家は古墳建造時代を通じ民衆を苦しめた問題があり、総じて残虐非道の行いが多かったが、日本書記ではこれらのことを最後の王でまとめて示したと思われます。なお、最後の武烈王は18歳の若さで無くなっており、このことは継体王によって滅ぼされたことを暗示しております。

ツングース系王家の盛衰をまとめますと、次のような感じになります。

ルーツは日本に渡来してきた朝鮮半島由来のツングース系民族の集団ですが、稲作が発展し、2世紀に出雲王家を創りました。

しかし、出雲の地域は狭く発展性がないため、3世紀に日本の中心地と推定されるヤマトに移動しヤマト王家を開始しました。

次いで、馬と構造船を持ち、北陸・東海から東九州まで支配地を広げ、新しく大阪(河内)に王家を移動し、5世紀には世界最大と言われる大仙陵古墳を建造しました。このときが絶頂期と思われます。

しかし、それら古墳建造は民衆の不満をかい、さらには王家の腐敗があり、5世紀末にアイヌ系の継体王によって滅ぼされた、という感じでしょうか。

これらの様子を上トップ図に示しました。



レインボー
Posted byレインボー

Comments 7

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佐々木富士八

いつも関心しながら、そして興味深く読ませていただいています!
そしてすごい発見\(^o^)/
うちの田舎は東北(岩手県)なのでアイヌ系が濃いかも(≧◇≦)

ランキングもポチっとしてゆきます<m(__)m>

  • 2023/11/24 (Fri) 01:43
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レインボー
レインボー
Re: 佐々木富士八様、うちの田舎は東北(岩手県)なのでアイヌ系が濃いかも

佐々木富士八様
コメント、ありがとうございます。

「うちの田舎は東北(岩手県)なのでアイヌ系が濃いかも」ですが、本当だと思います。東北・関東はアイヌ系が多いことが知られていますが、男らしい顔立ちとヒゲの濃いのはそのためと思われます。

なお、小生は福島出身で、ヒゲが濃いです。

  • 2023/11/24 (Fri) 07:35
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motomasaong
真実は歴史の闇の中

 18歳で死亡しているなら、武烈王の父親は比較的早く死亡したと思われます。また、若年ですから、政治家としても支配者としても大したことは出来なかったのではないでしょうか?
 それまでのツングース系が悪政を繰り返して反感を高めており、若い武烈王が就任してやはり残酷だった。けれども若くて隙だらけだったし、臣下にも信頼されていなかったので、その点でも革命が成功する可能性が高いと継体王は考えたのでしょう。
 おそらく、ツングース系は神の末裔とされ、それなりに信仰対象になっていたのでしょう。大国主命が良い例です。で、革命を正当化するため、武烈王が最悪だったとし、けれども神として信仰されていたツングース系の先祖については攻撃対象にしなかったと考えられます。
 万世一系はつまり神の末裔という意味ですから、ツングースに由来する神の権威は温存し、武烈王という暴君を排除することで革命を正当化したとすれば、極めて政治的に適切な判断ですね。大義名分を非常に大切にしていたと言う事でしょうか。

  • 2023/11/27 (Mon) 08:25
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ソムチャイ
勉強になります

お近づきさせて頂き間もないのですが
知らない事ばかりで興味津々です、勉強になります
今後ともよろしくお願いいたします

  • 2023/11/27 (Mon) 15:10
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  • 2023/11/27 (Mon) 16:50
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レインボー
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Re: motomasaong様、真実は歴史の闇の中

motomasaong様
いつもコメント、ありがとうございます。

「18歳で死亡しているなら、武烈王の父親は比較的早く死亡したと思われます」、ですが、するどい指摘です。18歳死亡は日本書記に書かれていることですが、18歳でなんで王になったのか。この方面の検討を含め日本の古代史はいいかげんなところが多い感じです。まさに「真実は歴史の闇の中」の感じがします。

  • 2023/11/28 (Tue) 07:52
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レインボー
レインボー
Re: ソムチャイ 様、勉強になります

ソムチャイ 様
コメント、ありがとうございます。

「勉強になります」とは嬉しいですね。
草々

  • 2023/11/28 (Tue) 07:56
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