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北九州倭国の繁栄と滅亡 2.北九州人のDNA、方言、博多美人

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レインボー
北九州倭国の繁栄と滅亡 2.北九州人のDNA、方言、博多美人

前回、北九州倭国のルーツは中国南部由来のマレー系稲作民族であることを紹介しました。

このことについて、今回は、Y染色体ハプログループ分類のデータ、マレー系の低身長で可愛らしい顔立ち(博多美人)、残されたマレー系の言語(方言)、の観点からさらに検討します。

まず、Y染色体ハプログループ分類のデータですが、下表にありますように、Satoら(2014)のデータが詳しいです。

福岡等のY染色体ハプログループ分類

福岡、金沢、大阪のデータ(A:大人)を比較しますと、福岡はマレー系が多く、大阪はツングース系が多く、金沢はアイヌ系が多く、かつツングース系が比較的多く、地域の特徴が出ている感じです。すなわち、福岡はマレー系の多いことがDNA分類の結果、確認されました。

関連し、さらに、マレー系のルーツについては、縄文時代から居たマレー系(縄文系マレー)と水田稲作を持ってきたマレー系(弥生系マレー)の2種が居ることが分かっています。日本ではマレー系は約30%ですが、弥生系は10%、縄文系は20%と最近のDNA分類から推定されています。

そして、マレー系縄文人は、海岸部に住み、貝塚を残したことが知られています。有明海沿岸には多数の貝塚が残されていますが、その遺跡から想像しますと、有明海沿岸には多数の縄文系マレーが居たと推定されます。

一方、朝鮮半島では縄文系マレーは10%、弥生系マレーは20%であることが分かっています。すなわち、弥生系マレーは朝鮮半島で多く、北九州では少なかったと判断されます。

次に、マレー系の身体的特徴として、低身長であることや丸顔で可愛らしい顔立ちが指摘されています。関連し、拙ブログでは、日本美人に色白高身長の秋田美人と小柄で可愛らしい丸顔の博多美人の2種類のあること、それらのルーツは異なることを指摘してきました。

そこで、高身長の秋田美人と低身長のマレー系の比較ですが、下図のとおりです。明らかに福岡は低身長、秋田は高身長です。詳しくは「秋田美人と博多美人のルーツの違い、身長差から」を参照願います。

身長、秋田県と福岡県の差(女17歳)
また、日本海美人という言葉があります。そこで、同じように北陸4県と北九州2県(福岡、佐賀)の身長比較を下図に示しました。この図からも、北九州は低身長の人が多いことが分かります。すなわち、北九州はマレー系が多いため、低身長になっていると判断されます。

身長、北陸4県と北九州2県との差(男17歳)身長、北陸4県と北九州2県との差(女17歳)

一方、北陸4県と秋田県ですが、両者とも高身長で、高身長の朝鮮半島由来ツングース系がルーツと思われます。このことは地理的状況からも推察されます。すなわち朝鮮半島由来の高身長のツングース系は、初めは島根等の日本海側に移住し、その後、北上し、日本海美人や秋田美人になった、と推察されます。

最後に、北九州に残された言語ですが、偶然にも、仕事の関係で、その筑紫平野の中心地の筑後市に小生は4年間住みました。そして、その方言にも接したわけですが、そこでは、ソウヤロ、バッテン、カタラント(参加しない)、など東北生まれの私には馴染みのない言葉で出くわしました(笑)。

そこで、それらの言葉のルーツですが、マレー語から推察しますと次のとおりです。

まず、「ソウヤロ」をマレー語に直訳しますと、ソウ=妥当、ヤ=Yes、ロ=精神で、「Yesでしょう」という意味になります。次いで、バッテンですが、直訳するとバッテン=異世界で、バッテン(でもね)はマレー語とほぼ同じ意味になります。そしてカタラントですが、カタ=言語ですから、語らん(参加しない)と理解しますと方言とほぼ同じ意味になります。

詳しくは「古代北九州ではマレー語が使われていたようだ」を参照願います。

まとめますと、以上のことから、北九州にマレー系の人々が古代に多かったことが、DNA、低身長、方言、貝塚分布の特徴から判断されます。


レインボー
Posted byレインボー

Comments 4

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motomasaong
地域差とDNA

 栄養状態が同じである場合、身長は遺伝子によって規定されます。
 また、あまり人が出入りしない閉鎖的な地域では、元々の住民の遺伝的傾向が色濃く温存されます。
 東京などは各地方からの出身者が非常に多いですから、大都市圏は遺伝子が複数混じった人々の社会になります。
 一方、人の出入りが少ない地方都市では、その土地の言語、方言、遺伝的傾向が古いままで残されます。東北と九州の身長差のデータは興味深いですね。

  • 2024/01/30 (Tue) 14:00
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レインボー
レインボー
Re: motomasaong 様、地域差とDNA

motomasaong 様
いつもコメント、ありがとうございます。

身長(17歳)調査で感じたのですが、1996年(1977年生まれ)のデータでは差が大きかったのですが、最近では差が小さくなってきています。

おそらく、ご指摘のとおり、最近では人の移動も多く、地域差はなくなりつつある感じです。

  • 2024/01/31 (Wed) 08:16
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コメント

言語学的には、
①出雲弁に朝鮮語訛りがない、
②北陸弁・東北弁に朝鮮語訛りが含まれてる
何故か?
①と②を矛盾なく説明するには、
◎ウラル語族雑穀民がロシア沿海州南西部から北九州に流入し、縄文人と混じり合ってズーズー弁が派生、
◎シニガイ縄文人が畑作で増え、2700年前頃には中国地方・北近畿・香川徳島に拡散、若狭湾岸に住む朝鮮人と混じり合って朝鮮語訛りのズーズー弁が派生、
◎シニガイ朝鮮人が遠賀川式土器を持つ稲作民と合流し、2400年前頃、対馬海流に乗って北上・千島海流に乗って南下した結果、朝鮮語訛りのズーズー弁が北陸・東北地方や東関東にまで広まった、と考えられる。

縄文晩期は貝塚が減少してる。水稲栽培と共に肺結核が海岸沿いにいち早く広まり、特に中部地方・関東は壊滅的な打撃を受けた。
シニガイ文化人の父系遺伝子はO1b2、母系遺伝子はZ、言語は遼河文明と同じウラル語族のサモエード系に属していたと推定。
結論として、古事記の出雲神話は3000年前にアワ・キビ農耕や刻目突帯文土器をもたらしたシニガイ文化人を指してる様に思える。
出雲が大国だったと言えるのは、せいぜい弥生前期までですから。

弥生前期の時点で既に、
大阪以西は高身長の渡来系が多数派、
奈良以東~中部地方までは渡来系と縄文系が半々、
関東東北のみ縄文系が多数派だった。

レインボー
レインボー
Re: 名無し様、感謝

名無し様
コメント、ありがとうございます。参考にさせていただきます。

なお「出雲が大国だったと言えるのは、せいぜい弥生前期までですから」ですが、
出雲は、3世紀末、朝鮮半島由来ツングース系王家が四隅古墳建造などで最初に栄えた地域です。

その後、出雲からツングース系が消えたのは、ほとんどがヤマトに移動しヤマト王権を創ったためと、
拙ブログでは観ています。
草々

  • 2024/02/18 (Sun) 08:20
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