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田植えの始まりは平安時代後期か(稲作と日本人)

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田植え風景マダガスカル

田植えをすると確実に一定収量を得ることができます。その意味で田植えの始まりは稲作定着の技術でもあります。前回(2日前)、弥生時代に田植えは無かったことを推察しました。今回は、田植えが始まった時期について、多方面から考察します。

まず、日本で何時頃から田植えが始まったかですが、早くても平安時代後期10世紀頃、そして、全国に普及したのは鎌倉時代初期の13世紀頃(800年前)でないかと思われます。

10世紀頃というのは武士や貴族が新荘園をもとめて競って水田を開発した時代でありますが、このときの記録によれば、灌漑施設(水路)と畦を作ったが、干ばつ害が多かったことが記録されています。

このことから推察しますと、水田を開発したが、漏水が多く、水田が乾きやすかったことが考えられます。そこで、漏水の少ない水管理技術が求められ、代掻きが始まったと思われます。代掻きをすれば田植えができますので、これからが田植え時代と思われます。

代掻きは、前回(2日前)報告のように大変な労力が要りますが、この頃から牛耕が取り入れられた、とあります。牛が居れば代掻きは可能ですので、これも田植えを可能にする技術と思われます。

因みに、西アフリカ低地の例ですが、雨が多く、東南アジアと同じように水田稲作に適した土地が多くあります。しかし、ツエツエバエが居て、それが媒介する眠り病(ウイルス病)があるため牛や馬が住めません。このため、西アフリカでは今でも農耕用牛馬は少なく、その結果、代掻きは困難で田植えはほとんど行われておりません。

一方、田植えを示す歴史的遺物に田植え歌や田植え踊りがあります。これらの歴史を調べますと、ほとんどが江戸時代に始まったものばかりです。ということは、田植えの始まりは、弥生時代というような古い時代のことでなく、最近のことと思われます。

同様に、以前にも指摘しましたが、棚田は、それを保存するため漏水があってはなりませんので、その対策として代掻きと畦塗りが必要となります。その意味で、棚田は田植えの始まりを間接的に示す歴史上の遺物と思われます。そして、これらは、ほとんどが江戸時代以降に作られたことが分かっています。

この田植え始まりの時代を見ますと、遅れていたと言われる東北においては黄金の奥州藤原政権が栄えた時期でもあります。また、日本全体でみると支配者が公家貴族から武士に換わっていくという新しい時代でもあります。すなわち、基幹産業の稲作が田植えという新しい技術導入で生産性が高まり、社会も新しい時代に変わって行ったことを思わせます。

なお、上と下の写真は、アフリカにいるときに映した田植え風景です。上の写真はマダガスカルのものでベテランの人たちの田植えです。一方、下の写真はベナン国の研究所で若い人たちが研修中の様子で、田植えは初めての人たちばかりで、様になっていません(笑)。

田植え風景ベナン青年


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Posted byレインボー

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