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邪馬台国と朝鮮半島はマレー系の言語で結ばれていた(邪馬台国と日本人)

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レインボー
弥生時代の言語マレー系など

邪馬台国と朝鮮半島はマレー系の言語で結ばれていた(邪馬台国と日本人)

邪馬壱国(邪馬台国)がマレー系の多い地域であったことから推察しますと、マレー系の言語が当時使われていたと思われます。今回は、この可能性について愚考します。

私は仕事の関係から、北九州の築後市に4年居住しました。そして、北九州は顔形や言語に特徴があることを感じました。その特徴の一部を「博多美人のルーツ」で前回(8月30日)紹介しました。

また、マレー系の人々が南方から移住してきたとき朝鮮半島と北九州に最初に居住したことを紹介してきました。その移住理由は、それらの場所が人口希薄地帯であったためです。例えば、1万年前頃の状況ですが、日本列島に多数の縄文遺跡が確認されているのに、朝鮮半島では遺跡が極めて少ないことが分かっています。

そして、最近のDNA研究(Y染色体ハプログループ分類)は、マレー系(ハプログループO1b)は、韓国で32%(Kim 2011)、日本で32%(Hammer 2005)となっています。さらにNonakaら(2007)によれば、そのマレー系の割合は西日本で37%、関東で31%となっており、西日本に多いことが分かっています。

当然のことですが、彼らの言語はマレー系の言語になります。そして、朝鮮半島と北九州はマレー系の言語で結ばれ、水田稲作技術や関連する鉄器農具導入についても同じ状況であったことが推察されます。例えば、弥生時代初期の韓国遺跡に松菊里遺跡というものがありますが、同時代の日本の北九州遺跡と類似点が多く、稲作韓国由来説の根拠となっている遺跡です。

そうした文化的類似点から、弥生時代当時、朝鮮半島と北九州には頻繁に交流があり、言語は通訳なしで意思疎通ができたと推察している記事を見かけることがありますが、それは、マレー系の民族が両側に住んで居て同じ言語を使っていたためと思われます。

また、言語の性質ですが、マレー系と中国系はDNAが近い関係から言語(文法)が似ており、マレー系住民にとって中国語は近い言語であり、倭国が中国に朝貢するときの通訳は簡単に見つけることができたと推察されます。

因みに、DNA研究(Y染色体ハプログループ分類)ですが、マレー系がO1b、中国系がO2で、両者は同じOグループに属します。拙ブログではOグループの言語の文法が同じであることを指摘してきました。

これらのことから、朝鮮半島南部と九州北部(倭国)ではマレー系の言語が使われていたと推察されます。そして、そうした言葉の優位性から、倭国は先進的な中国の文化を吸収し、中国に朝貢するような大国に発展したと推察されます。

しかしながら、このマレー系の言語は、朝鮮半島においては新羅などツングース系の民族に統一されることにより消え、一方、日本においては大和政権が九州にあった倭国を統合した結果、消えてしまったと推察されます。

関連し、上の地図は、弥生時代の朝鮮半島と九州の言葉の様子です。


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Posted byレインボー

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