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日本人の縄文思想と稲作のルーツ

DNA情報などの最新情報から日本人のルーツや古代の真相に迫ります。
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信長がモンゴル系という直感は当たっていた(日本人のルーツ)

菜園の自生のアサガオ9月

信長がモンゴル系という直感は当たっていた(日本人のルーツ)

拙ブログで9月3日に、「信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系、黒田官兵衛は中国系」と、それぞれの性格から戦国武将のルーツを愚推しましたが、この直感が当たっていたことについて今回は紹介します。

「FNS27時間テレビにほんの歴史」(9月9日)で、戦国時代の武将、信長、秀吉、家康の身長が紹介されていました。当時の残された衣装等いろいろな情報をもとに推定した結果のようですが、信長は長身長、秀吉は低身長、家康は中身長であった、ということでした。

一般に、それぞれの民族の身長は、モンゴル系は長身長、マレー系は低身長、アイヌ系は中身長ですので、この基準でテレビ報道を検討しますと、信長はモンゴル系、秀吉はマレー系、家康はアイヌ系になります。

ということは、拙ブログの愚推記事は、この場合身長だけですが、当たっていたことになります。拙ブログでは、信長の冷酷非情な性格と細い目の容貌から、そのルーツをモンゴル系と愚推したものですが、すばらしい直感だと我ながら感心しています(笑)。

なお、上と下の写真は、記事と関係ありませんが、自然との共生を目指している我が菜園の朝の様子です。まだ自生のアサガオが咲いています。

菜園の自生の花


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[ 2017/09/25 07:09 ] 日本人のルーツ | TB(-) | CM(2)
信長≒匈奴
日本書紀の信憑性は疑問視されてますが、それでも古墳時代の蝦夷(中部地方と関東地方)は匈奴に支配されていた可能性大です。前方後円墳の原型はモンゴルにありますし、匈奴系と思われる地名が信濃を中心とした東山道にあちこち残ってます。大陸では騎馬民族でしたが、日本では山中や草むらで暮らしてたようです。織田信長の凶暴性は匈奴的です。
[ 2018/12/27 16:46 ] [ 編集 ]
Re: 織田信長の凶暴性は匈奴的
下記、貴重なコメント、ありがとうございます。

織田信長の凶暴性は匈奴的、というご指摘は当たっていると思われます。
しかし、日本に来たのはツングースであって匈奴ではないので、匈奴の関東支配は考えられません。
そして、その後の関東武将を見ても容貌はアイヌ系です。
草々

> 日本書紀の信憑性は疑問視されてますが、それでも古墳時代の蝦夷(中部地方と関東地方)は匈奴に支配されていた可能性大です。前方後円墳の原型はモンゴルにありますし、匈奴系と思われる地名が信濃を中心とした東山道にあちこち残ってます。大陸では騎馬民族でしたが、日本では山中や草むらで暮らしてたようです。織田信長の凶暴性は匈奴的です。
[ 2018/12/27 17:58 ] [ 編集 ]
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日本人の縄文思想と稲作のルーツ
日本人のDNAと縄文思想と稲作のルーツについて海外経験と最新情報を元にユーモアをまじえて迫ります

レインボー

Author:レインボー

私は稲仕事の関係からいくつかのアフリカとアジアの国々で暮らし、日本人のルーツはアフリカまで辿れること、その思想は自然との共生思想(縄文思想)であること、稲はマレー系の人々が持ち込んだことを実感しました。その経験をベースに、日本人のDNAと稲作のルーツに迫ります。なお、ペンネームは、「虹を見る歴史思考」という拙ブログの手法と関連し「レインボー」とします。どうぞよろしく。
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